文ちゃんがツブヤク!    

                                 201648

 

米国大統領予備選挙と日本の行方

 

 4年毎の大統領選挙は、2大政党制の民主・共和両党がそれぞれの候補者指名準備にかかり、州毎に予備選挙または党員集会を開催し、投票で選ばれた両党候補者が大統領選挙の2大有力候補者となり、当選したいずれかが大統領になる。

民主・共和2大政党制の大統領選挙は、第14代大統領フランクリン・ピアース(1852年)から今日まで続き、共和党から17人(リンカーン、セオドア・ルーズベルト、タフト、フーヴァー、アイゼンハワー、ニクソン、レーガン、ブッシュ・父、ブッシュ・子ら)民主党から13名(ウイルソン、フランクリン・ルーズベルト、トルーマン、ケネディ、ジョンソン、カーター、クリントン、オバマら)。

 これらの歴代大統領はいわゆる「WAPS」(白人エリート)だが、黒人オバマ大統領への「チェンジ」は、米国のみならず世界の新しい“夜明け”を印象づけた。

 初代のジョージ・ワシントン(無所属)、第2代のジョン・アダムズ(連邦党)、第3~6代(民主共和党)を経て民主党と共和党に分かれた。両党は、国内・国際情勢の時代的変化に呼応した政策の違いから150余年を経て今日に至る。

現在の共和党は、保守主義・キリスト教の立場で小さな政府を求め、国益尊重で力による秩序と強力な同盟関係による安全保障政策を基本に、国際連合にはネガティブ。内政面では、人口妊娠中絶禁止、死刑制度存続、家族制度重視、不法移民反対、銃規制反対など伝統的な保守思想が特徴の政党である。

一方の民主党は、一般的にリベラルな立場で大きな政府を容認し、労働団体やマイノリティの支持が多い。中絶完全自由化、死刑廃止、不法移民容認、労組重視、同性愛容認、宗教多様性容認などが特徴のリベラル思想の政党とされる。 

 

今回の米国大統領予備選挙の狂騒的様相が世界の耳目を集めているが、「自由と民主主義」の旗を掲げ、世界をリードしてきたアメリカ社会の驚くべき変貌を見せつけられている観を否めない。

 米国民を騒動に巻き込んでいる今回の予備選挙の立役者はなんといってもドナルド・トランプ氏で、二番手は民主党でヒラリー・クリントン氏と競っているバーニー・サンダーズ氏である。

 国内外で〈びっくり・ポン〉のトランプ氏の言動や為人(ひととなり)に、思いがけない多数支持がある「アメリカ」は、一体どうなりつつあるのか。

知性と教養の欠如を疑われる罵詈雑言の言いたい放題に拍手喝さいする白人の支持者には、信じ難いほどの格差社会アメリカの下層労働者や教育を受けていない若者が多いとされるが、エリート支配者の「WAPS」に反感をもつ人たちも,少なくないと思われる。

 主要メディアは一様にトランプ氏に否定的な反応を見せ、「ヒトラーと同じデマゴーグ。自画自賛が激しく傲慢。詭弁を弄して民衆支持を集めている」(ニューズウイーク)/「経験もなく、安全保障や世界貿易について学習する興味もない」(ニューヨーク・タイムズ)/「トランプ支持を見直さなければ,得体のしれないものに真っ逆さまに飛び込むことになるだろう」(ウオール・ストリート・ジャーナル)/「トランプの千百万人の不法移民強制送還の発言は、スターリン政権かポル・ポト政権以来のスケールの強制措置」(ワシントン・ポスト)などの報道や社説を掲載。

 読売新聞(世界最大発行部数の日刊紙)は、社説(3月3日)で、トランプを支持する動きを「反知性主義」とし、「偉大な米国を取り戻す」「中国・日本を打ち負かす」などの発言や単純なスローガンは、危うい大衆扇動そのものだと評した。

 朝日新聞は、「トランプ氏は、米国と世界を覆う難題への冷静な取り組みではなく、むしろ、米国内外の社会の分断をあおる言動を重ねている」「大衆への訴え方が扇動的で、自由主義の旗手を自負する大国のリーダーに相応しくない」とし、さらに「米国は着実に白人が減り、中南米系とアジア系が増えているのだから、人種的意識があるならば時代錯誤」と書いている。

「WAPS」のルーツ英国はトランプ氏の入国拒否の挙に出、EU諸国には、トランプ氏が大統領に選出されることを憂慮する表明もあった。一笑に付されてしかるべき人物が大統領候補として勢いを増している状況への焦燥であろう。

 

 方や民主党では、本命ヒラリー・クリントン氏の対抗馬として登場したサンダース氏がかなり過激な政策を打ち出し、予想以上の追いあげをみせている。

 ポーランド系ユダヤ人移民の息子(1941年生れ・74歳)は、1964年にシカゴ大学で政治学の学位を取得し、イスラエルのキブツで過ごして、彼独自の政治的見解を形成したという。

 人種隔離政策に反対して逮捕されたこともあり、アメリカ社会党・社会主義青年同盟に所属し、民主社会主義者としての活動を始め、合衆国上院で初の社会主義者議員となった。

 2010年12月、ブッシュ政権の減税措置延長をめぐり8時間半に及ぶフィリバスター(通常はシエクスピアや合衆国憲法を意味もなく朗読)を行ったサンダース氏は、減税措置をはじめとして、行き過ぎた自由市場主義がもたらす貧富の格差拡大と国内産業の衰退を強く批判した。

このフィリバスターはインターネット上で話題になりその様子はツイッターで中継されたという。

 サンダース氏は、米国が締結したNAFTA(北米自由貿易協定)とTPPについても批判的で、NAFTAでは、企業が米国内での生産をやめて、海外の賃金が低い国へ仕事を移した結果、労働者階級の家庭の大きな痛手となり、2001年から約6万もの工場が海外へ移転して、ビル・クリントンのNAFTAによる2年間で20万人の雇用創出の計画は、現実には、約68万人の雇用喪失になったと批判した。

 TPPについてはその実質は究極の構造改革で、大企業やウオール街のためにはなるが、労働者階級には厳しい協定で、企業が従業員の賃金を下げやすく、アメリカの雇用を海外移転しやすくなるとし、ジェネリック医薬品へのアクセスの阻害で、貧しい国の薬価が上昇したり、消費者・環境の安全基準を下げることで気候変動への対処が困難になるおそれがあるとしている。 

 米国初の社会民主主義者・大統領候補サンダース氏は、リーマンショックで世界に経済危機と混乱をもたらしたような「巨大銀行」は存在してはならないとの、極めて刺激的で革命的な提言をもしている。

 

 国内外のマスコミが報じる米国大統領予備選挙のバカげた様相からは、グローバリズムを押し立てて世界の警察官を自任してきた「一強アメリカ」は存在感の低下どころか、かなりオカシクなっていると感じざるをえない。

 トランプ氏の排他・閉鎖的な発言が、古い考えの白人農民や仕事をラティーノ(ヒスパニック)に奪われている低所得労働者に大いに受け、資本主義のメッカ米国で「社会民主主義者」を標榜するサンダース氏への支持率が、「WAPS」の優等生・ヒラリー・クリントン氏に迫ったのは、リーマンショックによる金融危機で米国民の所得格差が驚異的に拡大したことに主要因があるのではないか。

 FRBが公表した調査(2014年)によると、金融危機で米国の富裕層とその他の所得層の拡大は上位3%の富裕層が所得全体に占める割合が30・5%に上昇し、家計純資産の保有状況の格差はさらに拡大して、3%が占める割合は、54・4%となっている。

9・11の報復でイラク侵攻を断行したブッシュ政権は膨大な軍事費を使う一方で、レーガン政権の新自由主義経済を引き継ぎ、自由市場経済こそが繁栄をもたらすと、「小さい政府」をめざす規制緩和を進め、教育、災害、軍隊、諜報機関等の国家機能次々に市場化したが、錯誤の戦争の長期化への批判とリーマンショックにみた新自由主義への不信感から、2008年、「チェンジ」を掲げたオバマ大統領への政権交代となった。

 だが、政府主導で経済再建を目指す民主党の「大きな政府」にもかかわらず、二極化は加速してきた。

 株価や雇用は回復しても貧困は拡大を続け、医療、教育、年金、食の安全、社会保障などの国家による最低限の基本サービス提供が行き届かなくなったのはなぜなのか。

 敗戦後の私たちが憧れた「善きアメリカ」を支えていたミドル、努力すれば報われる「アメリカン・ドリーム」は、どうなったのか。

 この度の大統領予備選挙の共和党・トランプ氏と民主党・サンダース氏の登場をやや唐突に感じたが、『(株)貧困大国アメリカ』の著者・堤 未果さんによれば、過去30年かかって変質した今のアメリカの実体経済についての疑問には、民主党が批判した「ブッシュの新自由主義」と共和党が批判する「オバマの社会主義」の二項対立的な構図では、答えが出せないという。

 アメリカの実体経済は世界各地で起きている事象の縮図で、いまの世界で進行しているのは、新自由主義や社会主義を超えたポスト資本主義の新しい枠組み「コープラティズム」(政治と企業の癒着主義)だと指摘する。(以下は著書あとがきからの引用)

グローバリゼイションと技術革命によって、世界中の企業は国境を越えて拡大するようになった。

価格競争の中で効率化が進み、株主、経営者、仕入先、生産者、販売先、労働力、特許、消費者、税金対策用本社機能にいたるまで、あらゆるものが多国籍化してゆく。流動化した雇用が途上国の人件費を上げ、先進国の賃金は下降して南北格差が縮小。その結果、無国籍化した顔のない「1%」とその他の「99%」という二極化が、いま世界中にひろがっているのだ。

巨大化して法の縛りが邪魔になった多国籍企業は、やがて効率化と拝金主義を公共に持ち込み、国民の税金である公的予算を民間企業に移譲する新しい形態へと進化した。ロビイスト集団が、クライアントである食産複合体、医産複合体、軍産複合体、刑産複合体、教産複合体、石油、メディア、金融などの業界代理として政府関係者に働きかけ、献金や天下りと引きかえに、企業寄りの法改正で、〝障害〟を取り除いてゆく。

 コーポラティズムの最大の特徴は、国民の主権が 軍事力や暴力ではなく、不適切な形で政治と癒着した企業群によって合法的に奪われることだろう。

この「コーポラティズム」はまさに、『アラブと私』の「横道」で紹介した『エコノミック・ヒットマン』の「コーポレイトクラシー」(ジョン・パーキンスが自らの関与を告白)が進化したものではないか。

「コーポレイトクラシー」は、企業・銀行・政府の集合体(個々の組織を管理する人たちは本来、邪悪な存在ではないし、コーポレイトクラシーの一員である必要はない)で、経済的・政治的な力を利用して、グローバルな「経済発展」の名目の下に、各地の資源・環境を略奪し、労働力を搾取し、自由貿易協定を推進する活動体であり、その正当性を、教育・産業・メディアが連携して啓蒙と認知普及に努めているのが、世界各地で起きている事象なのだ。

 

 今日(3月11日)のテレビには、トランプ氏の説集会場で、反対デモや報道陣に暴力をふるった支持者に、「よくやった。当然のことをしただけだ。

デモの連中はママのところへ帰れ」と叫ぶトランプ氏の紅潮した顔が映さ出された。共和党幹部や党員のなかにも、トランプ氏の言動に批判が高まっているが、勢いはなかなか衰えない。

 共和党の最終候補が誰になるかともかくとして、民主党は〝漁夫の利〟の立場。ヒラリー氏が前述の米国〝実体経済〟の変革にどう取り組むかは分からないが、米国民は、高齢の社会民主主義者よりも、初の女性大統領を選ぶのではなかろうか。

 第2次安倍内閣の所信表明演説(2013年2月)で安倍晋三首相は、「世界で一番企業が活躍しやすい国をめざします」と高らかに述べた。

 もし、グローバルに増殖する「コーポラティズムの先導役を買って出て、無国籍化した顔のない「1%」に日本企業を参加させる魂胆であるなら、日本国民は、サンダーズ氏が警告している「99%」に組み込まれる惧れもあるだろう。

 トマ・ピケティ氏の論文『富の再配分についての考察』に、政府・国民共々に学ぼうではないか。

                                      

(続く)


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2016/04/09 18:54 2016/04/09 18:54
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