文ちゃんがツブヤク!

                       2016年4月18日(月)

 

続・米国大統領予備選挙と日本の行方

 

 前稿に記した民主・共和2大政党制の下の歴代大統領による政策の推移には、フランクリン・ルーズベルト以来のニューディール体制で民主党が優位の時代から、60年代の共和党ゴールドウォーターの保守的政策への転換と、80年に大統領に就任したレーガンの「保守革命」(小さな政府と自由貿易を基調とする共和党政策の確立)の2大潮流がある。

 日本の高度経済成長を推し進めた歴代保守政権は、「レーガノミクス」と「新自由主義」をなぞる政策で、今日の「アベノミクス」に至る。

 トランプ氏は、「日本が不公正な貿易をやっている」とか「日本は安全保障にただのりしている」など、米日貿易や米日同盟についてネガティブで過激な発言を繰返しているが、日本の経済発展が米国にとって脅威だった80年代のイメージが残っているのでは、と揶揄されている。

 米大統領選の共和党候補者指名争いで一時は優勢とされた勢いに陰りが生じているが、危機感をつのらせる主流派は、巻き返しができるのだろうか。

「共和党指導部は、大企業のことや規制緩和、自由貿易推進のことしか考えていない」「連中はみんなのために働いていない」と、主流派と極右的なティーパーティ(茶会)との間に生じた亀裂につけ込んだキャンペーンで、共和党で不満を抱く人たちの怒りの炎に油を注ぎ、さらに、支持者の白人貧困層に向けて大きな政府を思わせる社会保障政策や自由貿易反対をさえ唱えている。

 民主党候補者の一人サンダース氏は、優勢だったクリントン氏を追って7連勝したが、政策的に水と油の関係の共和・民主両党候補者が、社会民主主義的な政策を掲げていること自体に、アメリカ社会の混乱と変容の兆しを垣間見る思いがする。

ともあれ共和党は、移民・経済政策などの大きな政策で変革的な対応を迫られるにちがいない。

思えば、80年代の日米経済摩擦を機に、85年の「プラザ合意」による日米間の政策協調として、日本の経済政策に米国の意向が強く反映されるようになったのは、米国の顕著な対日貿易赤字への対応で、実質的に円高ドル安に誘導するものだった。

 ニューディール以降の米国経済政策には、不況時に政府が積極的財政・金融政策を導入するケインズ主義と大規模な自由競争こそが経済を成長させるとする市場中心主義があり、80年代以降は、後者が圧倒的だった。

 また、70年代のスタグフレーションを契機に、物価上昇を抑える金融経済政策の重視が世界規模で生じ、レーガノミクスに代表される市場原理主義に回帰した自己責任が基本の小さな政府による、福祉・公共サービスの縮小/公営事業の民営化/経済の対外開放/規制緩和による競争促進/労働者保護の廃止などの経済政策が進められた。

 高度経済成長期の経済体制に続いて「競争志向」を正当化する市場原理主義が主導する資本主義経済は、国家による富の再配分を主張する社会民主主義(EU諸国に多い)や国家が資本主義経済を直接に管理する開発主義の経済政策と対立するものだ。

 90年代には、米国発の構造改革要求によって、わがもの顔で世界を跳梁する金融グローバリズムに巻き込まれていった。

 小泉内閣(2001~2006年)の経済政策はまさにアメリカの要求に応じた優等生的なもので、ブッシュ大統領は自分の農場に招待してファーストネームで呼び合う歓迎ぶりだった。

「聖域なき構造改革」「小泉構造改革」と呼称されたその発想は竹中平蔵氏ら新自由主義経済派の小さな政府論に基づき、郵政事業・道路関係4公団の民営化や政府による公共サービスの民営化など「官から民」「中央から地方へ」の改革を柱とした。

「構造改革」の理念は第2次大戦後に生まれ、議会制民主主義の下で政治・経済体制などの基本構造を根本的に変更して社会問題を解決するという大規模な社会改革を目指し、EU諸国に取り入れられたが、「小泉改革」では、潜在GDPを拡大するために、供給側を重視した生産性を高める政策として狭義に捉え、資源配分の効率性を高める各種の制度(公的企業の民営化/政府規制の緩和/貿易制限の撤廃/独占企業の分割による競争促進)の改革をめざした。

 それによって、一国経済の資本・労働の生産資源配分が適正化され、既存の生産資源の下でより効率的な生産を達成し、潜在GDP/潜在成長率が上昇するとしたのである。

 金融グローバリズムは米国の投機的資本に大きな利益をもたらし、市場中心主義のグローバル競争は激しいコスト競争でデフレをもたらしたとされる。 

このグローバル経済路線は私たちを幸せにするどころか、生活と社会を不安定にしてはいないか。

 先月、3人の米国経済学者が招かれ、首相官邸で意見陳述をしたと報じられたが、「アベノミクス」が思わしくない状況下の安倍首相のパフォーマンスに、賛否の論評が寄せられた。

 グローバル経済時代にアメリカの著名な経済学者の意見を聞くのは、日本の学者の大半がその受け売りをしているのだから結構だとするもの、どうせ、「アベノミクス」の正しさを証言してもらい、いずれ議論になる消費税増税に米国経済学者のお墨付きを得て財務省やマスコミを封じ込める魂胆だとするもの等々である。

 前稿に記した「コーポラティズム」は、不適切に政治と癒着した多国籍企業が押し進めるグローバル市場が世界経済を不安定化し「1%」対「99%」の深刻な格差社会を生み出しているのではないか。

 招かれた3人は、ケインズ主義に近いとされるが、この人たちは、膨大な財政・金融の組合わせで景気を浮上させようとして、それほど成果をあげていない「アベノミクス」と日本の経済政策に何を提言してくれたのか。

 安倍政権が「成長戦略の切り札」として今国会の会期内成立をめざすTPP承認案と関連法案が審議入りしたが、共和・民主両党の大統領有力候補者が否定的で、他の参加国にも見直し機運が生じている中、国会の論戦の行方を見守りたい。

 

 米国大統領予備選挙の動向と行方は、世界の政治・経済政策に大きな影響力をもつが、大切なことは、アメリカの様子見で従属的な政策路線をとるのではなく、国民の声に耳を傾け、「この国のかたち」をしっかり構想した上で、重要政策の策定・提案・実現に取り組むことであろう。

 6人に1人の子供が貧困というわが国の経済格差状況とトランプ氏を支持するアメリカの格差社会の底辺階層の状況をみるにつけても、経済的貧困層の教育格差の固定化が、進学・就職・安定所得の機会の不平等を生み、その不満・鬱屈が社会を不安定にする悪循環を断つ政治・経済政策が求められている。

 来日した南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領は、人類社会の格差拡大について、「次々の規制を撤廃した新自由主義経済のせいだ。市場経済は放っておくと富をますます集中させる。格差など社会に生まれた問題を解決するために、政治が介入して公正な社会をめざすのが政治の役割というものだ。国家は社会の強者から富を受け取り、弱者に再配分をする義務がある」

「怖いのは、グローバル化が進み、世界に残酷な競争が広がっていることだ。すべてを市場とビジネスが決めて政治の知恵が及ばない。まるで、頭脳のない怪物のようなものだ。これはまずい」

 米国発の金融資本や多国籍企業の「コーポラティズム」は、世界中の資源・労働力・環境をわがもの顔で収奪し、「1%」対「99%」の経済格差社会をつくりつつあるが、そのどう猛さと冷酷さを覆い隠しているのは、グローバリズム(米国流の押付け)が掲げる「自由と民主主義」の偽善的な錦の御旗だ。

「民主主義」についてムヒカ氏が語ったのは、「貴族社会や封建社会に抗議し、生まれによる違いをなくした制度が民主主義だった。その原点は、私たち人間は、基本的に平等だという理念だったはずだ。今の世界を見回してごらん。まるで王様のように振舞う大統領や、お前は王子様かという政治家がたくさんいる」

「私たち政治家は、世の中の大半の国民と同じ程度の暮らしを送るべきなんだ。一部の特権層のような暮らしをし、自らの利益のために政治を動かし始めたら、人々は政治への信頼を失ってしまう」

「ドイツやスイスでも政治に不満を持つ多くの若者に出会った。市場主義に流される人生はいやだという、たっぷり教育を受けた世代だった。米国でも、大学にはトランプ氏と正反対の開放的で寛大な多くの学生がいる。いま希望を感じるのは彼らだね。貧乏人の意味ではなく、知性で世界を変えていこうという若者たちだ」

 ムヒカ氏は、2012年にブラジルの国連会議での演説を絵本にした日本の出版社などの招きで来日したが、「世界で一番貧しい大統領」との称号については、

「みんな誤解しているね。私が思う『貧しい人』とは、限りない欲望を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ。でも私は少しのモノで満足して生きている。質素なだけで、貧しくはない」

「モノを買うとき、人はカネで買っているように思うだろう。でも違うんだ。そのカネを稼ぐために働いた、人生という時間で買っているんだよ。生きていくには働かないといけない。でも働くだけの人生でもいけない。ちゃんと生きることが大切なんだ。たくさん買い物をした引き換えに、人生の残り時間がなくなってしまっては元も子もないだろう。簡素に生きていれば、人は自由なんだよ」

「このまま大量消費と資源の浪費を続け、自然を攻撃していては地球がもたない。生き方から変えていこう、と言いたかったんだ。簡素な生き方は、日本人にも響くんだと思う。子どものころ、近所に日本からの農業移民がたくさんいてね。みんな勤勉で、わずかな持ち物でも満ち足りて暮らしていた。いまの日本人も同じかどうか知らないが」

 60~70年代のムヒカ氏は都市ゲリラ「トゥパマロス」のメンバーとなって武装闘争に携わり、投獄4回、脱獄2回。銃撃戦で6発撃たれて重傷を負ったこともあり、軍事政権下で長く投獄された。

平等な社会を夢見てゲリラになったが、14年の独房で眠る夜、マット1枚があるだけで満ち足り、質素に生きていけるようになったのはこの経験からという。「人はよりよい世界をつくることができる」という希望がなかったら、今はないとも。

 氏の凄まじい経験から得た信念に、「暴力で世の中は変えられない」「憎しみからはなにも生まれない」「人間の文化を変えないとなにも変わらない」との箴言が生まれた。

 ムヒカ氏によると、「経済」とは、不足している財をいかに分配するかであり、前稿の末尾に記した、トマ・ピケティ氏の論文『富の再配分について』に通じる経済哲学だ。

「パナマ文書」で関与が指摘された主な各国の政治指導者を彷彿とさせる王様・王子様気取りの政治家への言葉は厳しい。

 敗戦後の灰燼から立ち上がった私たちは世界第2の経済大国となり、憧れたアメリカ文化の物質的な豊かさを享受したが、引き換えに失ったものも少なくない。

 欲望のあくなき充足を求めて我武者羅に競争社会を生きる中でバブルがはじけ、日本経済を追い抜いた中国も同じ轍をなぞっており、インドなど新興国がつづく。

 ムヒカ氏は、「いまの日本人も同じかどうか知らないが」と言ったが、これからの日本を託す政治家を選ぶ夏の選挙で、18、19歳の若い有権者がどのような選択をするか。

「中庸を重んじ」「足るを知る」生き方が「幸せ」な社会と人生をもたらすという古今東西の「人智」に目覚める若者が決して少なくない日本に期待する。

 米国大統領予備選挙をきっかけにした米国社会の混乱ぶりと、社会の諸矛盾に気づき始めた民衆を国家権力で抑圧するような中国政府を「他山の石」とし、日本人の「和」と「おもてなし」のこころで、国際社会・近隣諸国との平和友好親善に努めることこそが、いま一番大切なことではなかろうか。

「特定秘密保護法」「安保関連法(集団自衛権発動)」を立憲主義を否定するやり方で押し通した安倍政権が長く続く日本に、明るい未来はない。

                    (了)


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