トランプ政権の行方
松本 文郎
ドナルド・トランプ氏が第45代米国大統領に就任。連邦議会議事堂前の就任式で宣言した後の就任演説は、“エシュタブリッシュメント批判”“米国第一主義”“再び米国を偉大にする”などの大統領選で訴えた言葉を、声高に繰り返した。
「あまりに長い間、この国の首都の小さな集団が政府からの恩恵にあずかる一方、国民はそのつけを背負わされてきた」「ワシントンは栄えたが、国民はその富を共有しなかった」といった高飛車な“トランプ節”だ。
“エシュタブリッシュメント批”〟では、「首都ワシントンから権力を移して国民に戻す」「既得権層は市民を守らなかった」「2017年1月20日は、国民が再びこの国の支配者になった日として記憶される」と、まるで革命を成就した首魁の演説のようだった。
ワシントンのこれまでの米国政治(共和/民主党)が既得権層の利害を守っただけと切り捨てた文言を、ワシントンの政治家やそれを支えた行政府・軍関係者らはどんな気持ちで聞いたのか。
“米国第一主義”では、「米国は国境を守ろうとはせず、他国の国境防衛に何兆ドルもつぎ込む一方で、米国のインフラは劣化・荒廃している」「政治家は豊かになったが、職は失われ、工場も閉鎖された」「それらはすべて変わる。この場所から、今すぐに」と述べ、「この日から“アメリカ第一”だけがビジョンになる」と宣言した。
演説のしめくくりでは、「私たちは新たな時代の幕開けにいる。宇宙の謎を解き、地球を疫病の悲劇から救い、明日の新たなエネルギー、産業、技術を活用するときだ」「この国の新たな誇りは、私たちの魂を奮い立たせ、前を向かせ、分断を癒す」
「肌の色が黒でも褐色でも白であっても、私たちには国を愛する赤い血が流れている。この輝かしい自由を謳歌し、偉大な星条旗に敬礼する」「みなさんの声、希望、夢は、米国の運命を決め、努力、慈悲、そして愛が、永遠に私たちを導いてくれる」と、恫喝的言動で〝国民の分断〟を扇動したトランプ氏のものとは思えない言葉をちりばめて、まるで別人の演説のようだった。
「私たちは再び米国を強くし、再び米国を豊かにし、再び米国を誇り高い国にし、再び米国を安全な国にする。そして、ともに再び米国を偉大な国にする」と両腕を振り上げ、得意のポーズをした。
このトランプ演説は、「共和党候補指名受諾演説」(2016.7.21)と比べて全体的に大きな違いはなかったが、受託演説の方は、競合する民主党候補サンダサース氏の“社会福祉的”主張に通底する論調が印象に残った。(以下、受諾演説から抜粋)
「企業が何の罰も受けずに他国へ移転しそのために従業員を解雇することを許さない」「わが国の労働者に害を及ぼすような貿易協定には断じて署名しない」「雇用を奪う最大の要因の一つである規制問題に取り組み、エネルギー生産に関する規制を撤廃して、40年間にわたり雇用を創出する20兆ドル以上の経済活動を生む」「働くこと、働く人々の尊厳を尊重することを教えてくれたのは父だ」(抜粋 了)
サンダース候補が新自由主義的経済のグローバルがもたらした産業構造の変化や製造工場の海外移転に伴う所得格差を“再配分”により是正することを主張したのに対して、トランプ候補は、既得権層は栄えても国民はその富を共有しなかったのだと白人貧困層(ラストベルトの失業労働者や地方の農民)を扇動して当選を果たしたのである。
これらのトランプ演説を、日本の中小企業労働者や農業生産者は、さぞ羨ましく想ったのではなかろうか。
「アベノミクス」を“ドアホノミクス”と揶揄して、安倍政権の経済政策を批判してきた浜矩子・同志社大学大学院教授は、近著『浜矩子の歴史に学ぶ経済集中講義』で、トレンプ大統領を生んだアメリカ格差社会の状況は、革命が起きてもおかしくないほどだと述べているが、本誌新年号に寄稿した『トランプ大統領と米国の行方』に書いたように、アングロサクソンの姉妹国・英米の政治に、軌を一にして革命的な変化が起きたのである。
メイ首相は就任直後のスピーチで、「EU離脱」を決めた国民投票を“静かな革命”と表現して、数十年の間に生じた英国内の深い分断を反映していると述べたが、英米両国民の分断は、数十年前のサッチャー・レーガンが主導した新自由主義的経済のグローバル化がもたらした“所得格差”の大波に翻弄された階層の不満と怒りが爆発したといえよう。
就任式後のトランプ新大統領は、外交、貿易など6項目の主要政策を発表した。(以下の通り)
・TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱。
NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉。
・気候行動計画のような有害な政策を撤廃。
・年4%の経済成長と10年間で2千5百万人の雇用創出を目指す。
・「イスラム国」(IS)の打倒を優先し、積極的に軍事行動も。
・最新鋭のミサイル防衛システムを開発。
・国境に不法移民の流入を防ぐ壁を築く。暴力犯罪歴のある不法移民を国外退去。
「トランプ氏が、ヒラリー・クリントン氏のような介入主義を捨てて戦争への道を避け、自国の経済を機能させて、インフラを改善するのはよいことだ」「クリントン氏は、米国による新世界秩序を欲し、そのためには、他国の体制を変えるのがよいと信じている。ロシアを敵視する彼女が大統領になっていたら第3次大戦の可能性さえあった」「トランプ氏は、イラク戦争は膨大な資産の無駄だったと明確に語ったのは正しい意見」「トランプ氏はまともでないことも言う。雇用の創出をどうやって成し遂げるか分からないが、誇張だとしても米国には新鮮なスタイルだ」「米国情報機関について極めて懐疑的だ。CIAは長年多くの間違いを犯してきた。キューバのピッグス湾事件、ベトナム戦争、イラクの大量破壊兵器問題など。多くの国家を転覆させた情報機関をけなしたトランプ氏には賛成だ」
トランプ大統領に激しい批判の言葉をぶつけていたストーン監督が、「トランプ氏がプラスの変化を起こせるように応援しようじゃありませんか」と述べたのは正にサプライズだったが、一貫して戦争反対の立場を貫いてきたストーン監督はクリントン氏の“介入主義”を懸念した白人高学歴層がトランプ氏に投票したことも念頭においているのではないか。
だが、白人貧困労働者の守護神・トランプ大統領が“反グローバリズム”を標榜する一方で、富裕層中心の減税や法人税引き下げることで、さらに所得格差が広がる恐れについての見解はどうなのか。
ストーン監督は、自身が体験したベトナム戦争の映画『プラトーン』など戦争やテロの社会派テーマの名作を生み、ヒロシマ・ナガサキの式典に度たび参加している。
話題の最新作『スノーデン』の日本公開で来日し、TBS・NEWS23のインタビューで作品について語り、日米首脳会談を目前にした安倍政権についても言及した。(以下、筆者抄録)
「日本はいい役割を果たせるのに、安倍首相は憲法9条をなくそうとしたり『共謀罪』を通そうとしたり、国を正しくない方向に導いている」「日本は東南アジア最大の貿易国になるべきで、中国、台湾、インドシナ、ベトナムへの大きな平和的役割だ」「米国の核の傘の下で、アメリカが中国に攻撃的になるように煽るのは危険だ」
トランプ氏が選挙中の過激な公約を実行し続けるか、どんな動きに出るのか。米国内外の人々が固唾をのんで見守っているが、トランプ氏当選の可能性を予見したエマニュエル・トッド氏(フランスの人類学者・歴史家。ソ連崩壊、アメリカの没落、英国のEU離脱などを予言)も、トランプ大統領の出現を「起きて当然のことが起きた」としている。
有権者の4分の3を占める白人の多くが不平等や経済的困窮に不満をもつ状況下で、グローバル化した新自由主義経済の貿易国際収支の大幅赤字を問題にした大統領候補者が選ばれたのは当然で、米国の有権者は全体として理にかなったふるまいをした、と選挙結果を肯定している。
トッド氏の見方は、「この15年でアメリカ人の生活水準が下がり白人の一部で死亡率が上がっているので政治に変化を求めた。驚くべきは、上層階級、メディア、大学人になぜ現実が見えていなかったかということだ」「トランプ氏を支持したのは長い歴史をもつ製造業のラストベルト諸州で虐待されたプロレタリアで、マルクスが生きていたら、この結果に満足するのではないか。エリートが社会の現実に眼を向けないでいられる時は終わった」
トッド氏は『経済幻想』(1998年)で、世界需要の構造的な不足や西欧教育システムの自己崩壊、先進国の人口減少などを指摘し、「アングロサクソンの超自由主義」(サッチャー・レーガンの経済政策。筆者注)による常軌を逸した自由貿易が世界標準となるグローバリズムを批判して、国際協調を前提にする経済状況を踏まえた、一時的な「保護主義」の必要性に言及していたのは先見の明だ。筆者には、トッド氏とサンダース氏が世界観を共有しているように思える。
これらトランプ氏への期待を表明している論客とは異なり、強い警戒感を発信しているのが、ノーベル賞受賞の経済学者ポール・クルーグマン氏である。
昨年11月21日、大統領に当選したトランプ氏を「利益追求の最高司令官」と呼び、トランプ政権で政府の方針はゆがめられ、多くのものが民営化され、利益をあげるために不透明性を増し、権威主義体制へ傾倒し、拝金主義に向いてゆくだろうとして、アメリカ国民に「警戒を解くな」と警告している。
彼のツイートには、「アメリカ史上で前例のない腐敗政治の時代に突入しようとしている。それは何を意味するか」「プーチンのロシア、習近平の中国も、利益追求の最高司令官・トランプ大統領に巨大ビジネスを貢ぐことで、両国にとって良い環境になるだろう」など、興味深い見解が開陳されている。
移民政策、経済、安全保障、外交などのあらゆる野で出されつつある大統領令で、米国内外に大きな反発を引き起こしているのは、難民や中東・アフリカの7ケ国の国民の米国への入国を一時禁止する ものである。
政府内や政権と近い企業からも批判の声が上がり、アップル、グーグル、フェイスブック、など130社のIT企業とディズニー、ボーイングなど移民が活躍している150社が反対声明を出した。
「大統領令が合法だという確信がない」として、大統領令に従わないように司法省に通知した司法長官代理・サリー・イェイツ氏は、直ちに解任された。
オバマ前大統領も退任後初めてトランプ氏の対応を批判して、「信仰や宗教によって個人を差別する考え方には根本的に同意できない」とし、国務省でも外交官有志が「米国の主要な価値観、憲法に反する」と異義を表明する抗議文に署名する動きが広がっている。
ワシントン州のファーガソン司法長官の「大統領令は信教の自由などを規定した憲法違反」との提訴に、西部ワシントン州の連邦地裁は、効力を一時差し止める決定をした。
これに対して政府側は、「国家が安全や治安の面で、誰が出入国できるのか言えなければ、大問題だ」ととして、地裁決定の効力の即時停止を連邦控訴裁に求めたが、退けられた。
地裁の決定を受けた米政府は入国を再開させて、取り消したビザを復活させたが、トランプ大統領は「米国内でテロが発生したら、地裁の決定を出した裁判官と司法省の責任だ!」と、裁判官や司法制度に恫喝的な批判の矛先を向けた。
この入国禁止令をめぐってニューズウイーク紙は、ニコラス・ロフレドの署名記事で次のように報じた。
「選挙戦中から恐れられていたことだが、いよいよトランプ政権の極右,バノン首席戦略官の暴走が始まったかもしれない。選挙の洗礼も議会審査も受けていない男が,安全保障の最高意思決定機関NSCの常任メンバに立てられた」「こんな出来すぎた大統領令を、ドナルド・トランプが一人で考えられたはずはない、と信じる人は少なくない」「一体誰の仕業か。多くが黒幕と疑い、なんとしても暴走を止めたいと思っている男が、スティーブン・バノン大統領上級顧問兼首席戦略官だ」「バノンはスティーブン・ミラー大統領補佐官と組んで、関係官庁にほとんど相談もなく、大統領令の草案を作成したという」
バノン氏は、労働者階級の家族に生まれ、米国の極右的ニュース・論説・解説のウエブサイト「ブライトバード・ニュース」の前会長で、レーニン主義を自称し、グローバリゼーションがもたらした米国労働者の没落に伴うアジアの台頭に批判的な経済ナショナリストだが、人種差別主義者の疑惑は否定しているという。
シリコンバレーでのアジア人の多さを巡る議論などでトランプ・バノン両氏の意見は必ずしも一致していないという。
古今東西を問わず、“強力な統治権力者”の背後には、影の“実力者”がいるとされる。トランプ氏とバノン氏の関係はその一つと見做してもよかろうが、両者の関係は一方的支配ではなく補完的なものと思われる。
日米首脳会議を数日後に控え、テレビ報道番組では連日のように、数多のコメンテーターが動員されて、各分野の専門家としての自説や憶測・手探りの論評を繰り広げていて、傾聴できるものもあるが、トランプ・バノン両氏の“未知数”が大きいだけに、“右往左往”の観もある。
その中で、トランプ氏が“マッド・ドッグ”と呼ぶマティス国防長官が来日し、尖閣諸島の防衛が日米安保の対象であると明言した上に、トランプ氏の“日米安保タダ乗り”的発言に一切触れなかったことに、ひとまず“安堵感”がただよっている。安倍首相ほか内閣府関係者一同は、バンザイを叫んだのではなかろうか。
日本のマスコミが政治家の言動を予測し論評するときあいまいさを伴うのは、日本の保守政治家や各派閥の利害や人脈は読めても、思想的背景が不明瞭だからではないか。
その点で欧米の政治家の場合、哲学的、政治的な思想に基づく言動が比較的見えやすいのではないか。トランプ・バノン両氏についても、そうした観点での分析が有効と思われる。民主党の大統領選候補者ヒラリー・クリントン氏はスピーチで、「共和党が過激派グループに乗っ取られる手助けをしている」として、トランプ氏を強く批判した。その過激派とは、「オルタナ右翼」(オルタナティブまたはオルト・ライト)と特定。バノン氏が、「オルタナ右翼」にとってのプラットフォームだと述べている。
「オルタナ右翼」とは、ウィキペディアによると、「米国の主流の保守主義への代替(オルタナティブ)として出現し、多文化主義や移民反対で特徴づけられる運動体で、公式のイデオロギーはないが、「白人ナショナリズム」「白人至上主義」「反ユダヤ主義」「反フェミニズム」「右翼ポピュリズム」「排外主義」等のイデオロギーと関連をもち、インターネット・ミーム(インターネット上で拡散する行動・コンセプト・メディア)を多用しながら発展してきたとされる。
「オルタナ右翼」支持者は、クリントン氏の批判が“無料の広告”となり、数百万もの人々が「生まれて初めて」この運動体を知ったと喜んだそうだ。
ザ・ガーディアン紙の分析では、民族主義こそが「オルタナ右翼」の先祖とされ、ワシントン・ポスト紙の記事には、無政府資本主義者や超保守主義者の影響を受けているとあった。「オルタナ右翼」は、集団的アイデンティティーや民族主義を個人の自由より重要視しているので、「リバタリアニズム」に反対しているともいう。
戦後の米国保守思想の系譜を解明した米歴史学者ジョージ・ナッシュ氏は、朝日のインタビューで、次のように述べている。(筆者抄録)
「第2次世界大戦後の米国保守主義は、いろいろと相反する潮流の連合体だった。3つの潮流があり、リバタリアンとよばれる自由至上主義者(ニューディール政策以降の米国の社会主義化に反対)/伝統的な宗教や倫理に戻ろうとする伝統主義者/冷戦下で現れた熱狂的な反共産主義者たちだ」「この3つの動きを結びつけたウィリアム・バックリーは、対立しがちなリバタリアンと伝統主義者の共通項を見つけるために誰もが共有できる反共産主義を使って、自由も道徳も信仰も不可欠だと訴えて一体的な保守運動になった」「これに、“ネオコン”と70年代の草の根的な“宗教右派”が加わり、レーガン大統領の3期目に5つの動きを取りこんだものとなった」「トランプ氏は、そうした保守運動の延長線上にはなく一貫して“何かであったこと”がない点を、彼に反対す人たちは懸念している」「2015年の夏、“トランピズム”という怒りに満ちたポプリズムの噴火が起き、レーガン時代の“連合(共和/民主)”のあらゆる部分に対する挑戦が始まった」「トランプ氏は、政府支出やインフラへの支出に関心をもっているが、リバタリアンはその動きをかなり懐疑的にみている」「レーガン氏は、世界に目を向ける国際派の保守主義者だったが、トランプ氏は、内向きのナショナリストであり、ポピュリスト(大衆迎合主義者)に位置づけられる」
アングロサクソン英米両国の革命的な政治情況を理解する上で、「リバタリアニズム」(米国で選挙年齢に達した者の内、10~20%がリバタリアン的観点をもつとされる)について記述しておく必要があるが、次の機会にしよう。
(2017.2.9 記)