トランプ政権の行方

                                          松本 文郎 

 

 ドナルド・トランプ氏が第45代米国大統領に就任。連邦議会議事堂前の就任式で宣言した後の就任演説は、“エシュタブリッシュメント批判”“米国第一主義”“再び米国を偉大にする”などの大統領選で訴えた言葉を、声高に繰り返した。

「あまりに長い間、この国の首都の小さな集団が政府からの恩恵にあずかる一方、国民はそのつけを背負わされてきた」「ワシントンは栄えたが、国民はその富を共有しなかった」といった高飛車な“トランプ節”だ。

“エシュタブリッシュメント批”〟では、「首都ワシントンから権力を移して国民に戻す」「既得権層は市民を守らなかった」「2017年1月20日は、国民が再びこの国の支配者になった日として記憶される」と、まるで革命を成就した首魁の演説のようだった。

 ワシントンのこれまでの米国政治(共和/民主党)が既得権層の利害を守っただけと切り捨てた文言を、ワシントンの政治家やそれを支えた行政府・軍関係者らはどんな気持ちで聞いたのか。

“米国第一主義”では、「米国は国境を守ろうとはせず、他国の国境防衛に何兆ドルもつぎ込む一方で、米国のインフラは劣化・荒廃している」「政治家は豊かになったが、職は失われ、工場も閉鎖された」「それらはすべて変わる。この場所から、今すぐに」と述べ、「この日から“アメリカ第一”だけがビジョンになる」と宣言した。

 演説のしめくくりでは、「私たちは新たな時代の幕開けにいる。宇宙の謎を解き、地球を疫病の悲劇から救い、明日の新たなエネルギー、産業、技術を活用するときだ」「この国の新たな誇りは、私たちの魂を奮い立たせ、前を向かせ、分断を癒す」

「肌の色が黒でも褐色でも白であっても、私たちには国を愛する赤い血が流れている。この輝かしい自由を謳歌し、偉大な星条旗に敬礼する」「みなさんの声、希望、夢は、米国の運命を決め、努力、慈悲、そして愛が、永遠に私たちを導いてくれる」と、恫喝的言動で〝国民の分断〟を扇動したトランプ氏のものとは思えない言葉をちりばめて、まるで別人の演説のようだった。

「私たちは再び米国を強くし、再び米国を豊かにし、再び米国を誇り高い国にし、再び米国を安全な国にする。そして、ともに再び米国を偉大な国にする」と両腕を振り上げ、得意のポーズをした。

 このトランプ演説は、「共和党候補指名受諾演説」(2016.7.21)と比べて全体的に大きな違いはなかったが、受託演説の方は、競合する民主党候補サンダサース氏の“社会福祉的”主張に通底する論調が印象に残った。(以下、受諾演説から抜粋)

「企業が何の罰も受けずに他国へ移転しそのために従業員を解雇することを許さない」「わが国の労働者に害を及ぼすような貿易協定には断じて署名しない」「雇用を奪う最大の要因の一つである規制問題に取り組み、エネルギー生産に関する規制を撤廃して、40年間にわたり雇用を創出する20兆ドル以上の経済活動を生む」「働くこと、働く人々の尊厳を尊重することを教えてくれたのは父だ」(抜粋 了)

サンダース候補が新自由主義的経済のグローバルがもたらした産業構造の変化や製造工場の海外移転に伴う所得格差を“再配分”により是正することを主張したのに対して、トランプ候補は、既得権層は栄えても国民はその富を共有しなかったのだと白人貧困層(ラストベルトの失業労働者や地方の農民)を扇動して当選を果たしたのである。

 これらのトランプ演説を、日本の中小企業労働者や農業生産者は、さぞ羨ましく想ったのではなかろうか。

「アベノミクス」を“ドアホノミクス”と揶揄して、安倍政権の経済政策を批判してきた浜矩子・同志社大学大学院教授は、近著『浜矩子の歴史に学ぶ経済集中講義』で、トレンプ大統領を生んだアメリカ格差社会の状況は、革命が起きてもおかしくないほどだと述べているが、本誌新年号に寄稿した『トランプ大統領と米国の行方』に書いたように、アングロサクソンの姉妹国・英米の政治に、軌を一にして革命的な変化が起きたのである。

 メイ首相は就任直後のスピーチで、「EU離脱」を決めた国民投票を“静かな革命”と表現して、数十年の間に生じた英国内の深い分断を反映していると述べたが、英米両国民の分断は、数十年前のサッチャー・レーガンが主導した新自由主義的経済のグローバル化がもたらした“所得格差”の大波に翻弄された階層の不満と怒りが爆発したといえよう。

 就任式後のトランプ新大統領は、外交、貿易など6項目の主要政策を発表した。(以下の通り)

・TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱。

 NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉。

・気候行動計画のような有害な政策を撤廃。

・年4%の経済成長と10年間で2千5百万人の雇用創出を目指す。

・「イスラム国」(IS)の打倒を優先し、積極的に軍事行動も。

・最新鋭のミサイル防衛システムを開発。

・国境に不法移民の流入を防ぐ壁を築く。暴力犯罪歴のある不法移民を国外退去。


 日本のマスコミ報道に“とんでもない大統領”の情緒的な論調が少なくなかったなかで、トランプ氏に手厳しい発言をした米アカデミー賞監督オリバー・ストーン氏の朝日のインタビューが目についた。(以下は筆者抜粋)
「トランプ氏が、ヒラリー・クリントン氏のような介入主義を捨てて戦争への道を避け、自国の経済を機能させて、インフラを改善するのはよいことだ」「クリントン氏は、米国による新世界秩序を欲し、そのためには、他国の体制を変えるのがよいと信じている。ロシアを敵視する彼女が大統領になっていたら第3次大戦の可能性さえあった」「トランプ氏は、イラク戦争は膨大な資産の無駄だったと明確に語ったのは正しい意見」「トランプ氏はまともでないことも言う。雇用の創出をどうやって成し遂げるか分からないが、誇張だとしても米国には新鮮なスタイルだ」「米国情報機関について極めて懐疑的だ。CIAは長年多くの間違いを犯してきた。キューバのピッグス湾事件、ベトナム戦争、イラクの大量破壊兵器問題など。多くの国家を転覆させた情報機関をけなしたトランプ氏には賛成だ」
 トランプ大統領に激しい批判の言葉をぶつけていたストーン監督が、「トランプ氏がプラスの変化を起こせるように応援しようじゃありませんか」と述べたのは正にサプライズだったが、一貫して戦争反対の立場を貫いてきたストーン監督はクリントン氏の“介入主義”を懸念した白人高学歴層がトランプ氏に投票したことも念頭においているのではないか。
 だが、白人貧困労働者の守護神・トランプ大統領が“反グローバリズム”を標榜する一方で、富裕層中心の減税や法人税引き下げることで、さらに所得格差が広がる恐れについての見解はどうなのか。
 ストーン監督は、自身が体験したベトナム戦争の映画『プラトーン』など戦争やテロの社会派テーマの名作を生み、ヒロシマ・ナガサキの式典に度たび参加している。
 話題の最新作『スノーデン』の日本公開で来日し、TBS・NEWS23のインタビューで作品について語り、日米首脳会談を目前にした安倍政権についても言及した。(以下、筆者抄録)
「日本はいい役割を果たせるのに、安倍首相は憲法9条をなくそうとしたり『共謀罪』を通そうとしたり、国を正しくない方向に導いている」「日本は東南アジア最大の貿易国になるべきで、中国、台湾、インドシナ、ベトナムへの大きな平和的役割だ」「米国の核の傘の下で、アメリカが中国に攻撃的になるように煽るのは危険だ」
 トランプ氏が選挙中の過激な公約を実行し続けるか、どんな動きに出るのか。米国内外の人々が固唾をのんで見守っているが、トランプ氏当選の可能性を予見したエマニュエル・トッド氏(フランスの人類学者・歴史家。ソ連崩壊、アメリカの没落、英国のEU離脱などを予言)も、トランプ大統領の出現を「起きて当然のことが起きた」としている。
 有権者の4分の3を占める白人の多くが不平等や経済的困窮に不満をもつ状況下で、グローバル化した新自由主義経済の貿易国際収支の大幅赤字を問題にした大統領候補者が選ばれたのは当然で、米国の有権者は全体として理にかなったふるまいをした、と選挙結果を肯定している。
 トッド氏の見方は、「この15年でアメリカ人の生活水準が下がり白人の一部で死亡率が上がっているので政治に変化を求めた。驚くべきは、上層階級、メディア、大学人になぜ現実が見えていなかったかということだ」「トランプ氏を支持したのは長い歴史をもつ製造業のラストベルト諸州で虐待されたプロレタリアで、マルクスが生きていたら、この結果に満足するのではないか。エリートが社会の現実に眼を向けないでいられる時は終わった」
 トッド氏は『経済幻想』(1998年)で、世界需要の構造的な不足や西欧教育システムの自己崩壊、先進国の人口減少などを指摘し、「アングロサクソンの超自由主義」(サッチャー・レーガンの経済政策。筆者注)による常軌を逸した自由貿易が世界標準となるグローバリズムを批判して、国際協調を前提にする経済状況を踏まえた、一時的な「保護主義」の必要性に言及していたのは先見の明だ。筆者には、トッド氏とサンダース氏が世界観を共有しているように思える。
 これらトランプ氏への期待を表明している論客とは異なり、強い警戒感を発信しているのが、ノーベル賞受賞の経済学者ポール・クルーグマン氏である。
 昨年11月21日、大統領に当選したトランプ氏を「利益追求の最高司令官」と呼び、トランプ政権で政府の方針はゆがめられ、多くのものが民営化され、利益をあげるために不透明性を増し、権威主義体制へ傾倒し、拝金主義に向いてゆくだろうとして、アメリカ国民に「警戒を解くな」と警告している。
 彼のツイートには、「アメリカ史上で前例のない腐敗政治の時代に突入しようとしている。それは何を意味するか」「プーチンのロシア、習近平の中国も、利益追求の最高司令官・トランプ大統領に巨大ビジネスを貢ぐことで、両国にとって良い環境になるだろう」など、興味深い見解が開陳されている。
 
 移民政策、経済、安全保障、外交などのあらゆる野で出されつつある大統領令で、米国内外に大きな反発を引き起こしているのは、難民や中東・アフリカの7ケ国の国民の米国への入国を一時禁止する ものである。
 政府内や政権と近い企業からも批判の声が上がり、アップル、グーグル、フェイスブック、など130社のIT企業とディズニー、ボーイングなど移民が活躍している150社が反対声明を出した。
 「大統領令が合法だという確信がない」として、大統領令に従わないように司法省に通知した司法長官代理・サリー・イェイツ氏は、直ちに解任された。
 オバマ前大統領も退任後初めてトランプ氏の対応を批判して、「信仰や宗教によって個人を差別する考え方には根本的に同意できない」とし、国務省でも外交官有志が「米国の主要な価値観、憲法に反する」と異義を表明する抗議文に署名する動きが広がっている。
 ワシントン州のファーガソン司法長官の「大統領令は信教の自由などを規定した憲法違反」との提訴に、西部ワシントン州の連邦地裁は、効力を一時差し止める決定をした。
 これに対して政府側は、「国家が安全や治安の面で、誰が出入国できるのか言えなければ、大問題だ」ととして、地裁決定の効力の即時停止を連邦控訴裁に求めたが、退けられた。
 地裁の決定を受けた米政府は入国を再開させて、取り消したビザを復活させたが、トランプ大統領は「米国内でテロが発生したら、地裁の決定を出した裁判官と司法省の責任だ!」と、裁判官や司法制度に恫喝的な批判の矛先を向けた。
 この入国禁止令をめぐってニューズウイーク紙は、ニコラス・ロフレドの署名記事で次のように報じた。
 「選挙戦中から恐れられていたことだが、いよいよトランプ政権の極右,バノン首席戦略官の暴走が始まったかもしれない。選挙の洗礼も議会審査も受けていない男が,安全保障の最高意思決定機関NSCの常任メンバに立てられた」「こんな出来すぎた大統領令を、ドナルド・トランプが一人で考えられたはずはない、と信じる人は少なくない」「一体誰の仕業か。多くが黒幕と疑い、なんとしても暴走を止めたいと思っている男が、スティーブン・バノン大統領上級顧問兼首席戦略官だ」「バノンはスティーブン・ミラー大統領補佐官と組んで、関係官庁にほとんど相談もなく、大統領令の草案を作成したという」
 バノン氏は、労働者階級の家族に生まれ、米国の極右的ニュース・論説・解説のウエブサイト「ブライトバード・ニュース」の前会長で、レーニン主義を自称し、グローバリゼーションがもたらした米国労働者の没落に伴うアジアの台頭に批判的な経済ナショナリストだが、人種差別主義者の疑惑は否定しているという。
 シリコンバレーでのアジア人の多さを巡る議論などでトランプ・バノン両氏の意見は必ずしも一致していないという。
 
 古今東西を問わず、“強力な統治権力者”の背後には、影の“実力者”がいるとされる。トランプ氏とバノン氏の関係はその一つと見做してもよかろうが、両者の関係は一方的支配ではなく補完的なものと思われる。
 日米首脳会議を数日後に控え、テレビ報道番組では連日のように、数多のコメンテーターが動員されて、各分野の専門家としての自説や憶測・手探りの論評を繰り広げていて、傾聴できるものもあるが、トランプ・バノン両氏の“未知数”が大きいだけに、“右往左往”の観もある。
 その中で、トランプ氏が“マッド・ドッグ”と呼ぶマティス国防長官が来日し、尖閣諸島の防衛が日米安保の対象であると明言した上に、トランプ氏の“日米安保タダ乗り”的発言に一切触れなかったことに、ひとまず“安堵感”がただよっている。安倍首相ほか内閣府関係者一同は、バンザイを叫んだのではなかろうか。
 日本のマスコミが政治家の言動を予測し論評するときあいまいさを伴うのは、日本の保守政治家や各派閥の利害や人脈は読めても、思想的背景が不明瞭だからではないか。
 その点で欧米の政治家の場合、哲学的、政治的な思想に基づく言動が比較的見えやすいのではないか。トランプ・バノン両氏についても、そうした観点での分析が有効と思われる。民主党の大統領選候補者ヒラリー・クリントン氏はスピーチで、「共和党が過激派グループに乗っ取られる手助けをしている」として、トランプ氏を強く批判した。その過激派とは、「オルタナ右翼」(オルタナティブまたはオルト・ライト)と特定。バノン氏が、「オルタナ右翼」にとってのプラットフォームだと述べている。
 「オルタナ右翼」とは、ウィキペディアによると、「米国の主流の保守主義への代替(オルタナティブ)として出現し、多文化主義や移民反対で特徴づけられる運動体で、公式のイデオロギーはないが、「白人ナショナリズム」「白人至上主義」「反ユダヤ主義」「反フェミニズム」「右翼ポピュリズム」「排外主義」等のイデオロギーと関連をもち、インターネット・ミーム(インターネット上で拡散する行動・コンセプト・メディア)を多用しながら発展してきたとされる。
 「オルタナ右翼」支持者は、クリントン氏の批判が“無料の広告”となり、数百万もの人々が「生まれて初めて」この運動体を知ったと喜んだそうだ。
 ザ・ガーディアン紙の分析では、民族主義こそが「オルタナ右翼」の先祖とされ、ワシントン・ポスト紙の記事には、無政府資本主義者や超保守主義者の影響を受けているとあった。「オルタナ右翼」は、集団的アイデンティティーや民族主義を個人の自由より重要視しているので、「リバタリアニズム」に反対しているともいう。
 戦後の米国保守思想の系譜を解明した米歴史学者ジョージ・ナッシュ氏は、朝日のインタビューで、次のように述べている。(筆者抄録)
 「第2次世界大戦後の米国保守主義は、いろいろと相反する潮流の連合体だった。3つの潮流があり、リバタリアンとよばれる自由至上主義者(ニューディール政策以降の米国の社会主義化に反対)/伝統的な宗教や倫理に戻ろうとする伝統主義者/冷戦下で現れた熱狂的な反共産主義者たちだ」「この3つの動きを結びつけたウィリアム・バックリーは、対立しがちなリバタリアンと伝統主義者の共通項を見つけるために誰もが共有できる反共産主義を使って、自由も道徳も信仰も不可欠だと訴えて一体的な保守運動になった」「これに、“ネオコン”と70年代の草の根的な“宗教右派”が加わり、レーガン大統領の3期目に5つの動きを取りこんだものとなった」「トランプ氏は、そうした保守運動の延長線上にはなく一貫して“何かであったこと”がない点を、彼に反対す人たちは懸念している」「2015年の夏、“トランピズム”という怒りに満ちたポプリズムの噴火が起き、レーガン時代の“連合(共和/民主)”のあらゆる部分に対する挑戦が始まった」「トランプ氏は、政府支出やインフラへの支出に関心をもっているが、リバタリアンはその動きをかなり懐疑的にみている」「レーガン氏は、世界に目を向ける国際派の保守主義者だったが、トランプ氏は、内向きのナショナリストであり、ポピュリスト(大衆迎合主義者)に位置づけられる」
 アングロサクソン英米両国の革命的な政治情況を理解する上で、「リバタリアニズム」(米国で選挙年齢に達した者の内、10~20%がリバタリアン的観点をもつとされる)について記述しておく必要があるが、次の機会にしよう。
                          (2017.2.9 記)


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2017/02/13 02:58 2017/02/13 02:58


文ちゃんがツブヤク!

                                               20161113


トランプ新大統領と米国の行方                 


 ドナルド・トランプ氏の米国大統領選・当確の報で、世界に衝撃が走った。
 人種差別や女性蔑視の暴言を連発し、極端な保護主義を唱えて共和党主流派から異端視された〝泡まつ候補〟が、開票当日までの予想を覆して当選したのである。
 各国首脳の〝祝意〟の中で、プーチン・ロシア大統領、メイ英国首相、フィリピン・ドテルテ大統領、などは積極的な協力関係構築を表明。習・中国国家主席、メルケル・ドイツ首相らは、選挙中のトランプ氏発言の問題点に触れた。

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 安倍首相はといえば、電話で祝意を告げたなかで17日のニューヨーク会談を提案して、トランプ氏は快く受け入れたとされる。
 日米安保条約の堅持やTPP批准促進について、オバマ政権関係者や先の上下院総会での安倍首相の演説を段取った共和党主流の関係者らと会うことが主な目的と思われる。
 
 今回の選挙に関連して、『米国大統領予備選挙と日本の行方』『続 同名』『女性リーダーの時代へ』『人類社会のパラダイムシフト』の小論を寄稿してきたので、その要点と共に標題への拙論を述べさせていただく。
 『米国大統領予備選挙と日本の行方』
 4年毎の大統領選挙では、2大政党の民主・共和両党が各々の候補者を指名し、州毎の予備選挙または党員集会で選出された両党候補者が選挙戦を経て大統領が選ばれるが、これまでの共和党17人、民主党13名の歴代大統領は全て[WASP]だった。黒人のオバマ大統領当選は、人種の坩堝・米国の新しい〝夜明け〟を世界に印象づけたものである。
 現在の共和党は、保守主義・キリスト教の立場で小さな政府を求め、国益尊重で力による秩序と強力な同盟関係による安全保障政策を基本に国際連合にはネガティブ。内政面では、人口妊娠中絶禁止、死刑制度存続、家族制度重視、不法移民反対、銃規制反対等伝統的な保守思想が特徴の政党である。
 一方の民主党は一般的にリベラルな立場で大きな政府を容認し、労働団体やマイノリティの支持が多い。中絶完全自由化、死刑廃止、不法移民容認、労組重視、同性愛容認、宗教多様性容認などが特徴のリベラル思想の政党とされる。 
 今回の米国大統領予備選挙では、狂騒的様相が世界の耳目を集めたが、「自由と民主主義」の旗を掲げて世界をリードしてきた米国社会の驚くべき変貌を見せつけられた。立役者はなんといってもトランプ氏で、二番手はサンダース氏だった。
 トランプ氏の罵詈雑言に拍手喝さいする白人支持者は、格差社会の下層労働者、教育を受けていない若者、失業中の大卒者たちで、「WASP」のエリート支配の象徴のようなクリントン氏に反感をもつ人も少なくないとされている。
「フォックス」以外、一様にトランプ氏に否定的な反応を見せた大手マスコミは「ヒトラーと同じデマゴーグ。自画自賛が激しく傲慢。詭弁を弄して民衆支持を集めている」(ニューズウイーク)/「経験もなく、安全保障や世界貿易について学習する興味もない」(ニューヨーク・タイムズ)等を、報道や社説を掲載した。
 読売新聞は社説で、トランプを支持する動きを「反知性主義」とし、「偉大な米国を取り戻す」「中国・日本を打ち負かす」などの発言や単純なスローガンは、危うい大衆扇動そのものだと評し、朝日新聞は、「トランプ氏は、米国と世界を覆う難題への冷静な取り組みではなく、むしろ、米国内外の社会の分断をあおる言動を重ねている」「大衆への訴え方が扇動的で、自由主義の旗手を自負する大国のリーダーに相応しくない」とし、さらに「米国は着実に白人が減り、中南米系とアジア系が増えているのだから、人種的意識があるならば時代錯誤」と書いた。
 トランプ氏の排他・閉鎖的な発言が、古い考えの白人農民や仕事をラティーノ(ヒスパニック)に奪われている低所得労働者に大いに受け、資本主義のメッカ米国で「社会民主主義者」を標榜するサンダース氏への支持率が、「WASP」の優等生・ヒラリー・クリントン氏に迫ったのは、新自由主義経済のグローバリゼイションで、米国民の所得格差が驚異的に拡大したことに主要因があるのではないか。
 共和党幹部や党員のなかにもトランプ氏の言動への批判が高まっているが、勢いはなかなか衰えない。
  
 『続 米国大統領予備選挙と日本の行方』
 トランプ氏は、「日本が不公正な貿易をやっている」とか「日本は安全保障にただのりしている」などと米日貿易や米日同盟について、ネガティブで過激な発言を繰返し、「共和党指導部は大企業のことや規制緩和、自由貿易推進のことしか考えていない」「連中はみんなのために働いていない」など、主流派と極右的なティーパーティの間に生じた亀裂につけ込んだキャンペーンで、不満を抱く共和党員の怒りの炎に油を注ぎ、さらに、支持者の白人貧困層に向けて、大きな政府を思わせる社会保障政策や自由貿易反対をさえ唱えている。
 民主党候補者のサンダース氏は、優勢だったクリントン氏を追って7連勝したが、政策的に水と油の関係の共和・民主両党候補者が、社会民主主義的な政策を掲げていること自体に、アメリカ社会の混乱と変容の兆しを垣間見る思いがする。
 米国経済政策には、不況時に政府が積極的財政・金融政策を導入するケインズ主義と、大規模な自由競争こそが経済を成長させるとする市場中心主義があり、80年代以降は共和党が唱える後者が圧倒的だった。70年代のスタグフレーションを契機に、物価上昇を抑える金融経済政策の重視が世界規模で生じて、共和党のレーガノミクスに代表される市場原理主義により、小さな政府の福祉・公共サービスの縮小/公営事業の民営化/経済の対外開放/規制緩和による競争促進/労働者保護の廃止などの経済政策が進められた。90年代には米国発の構造改革要求によって、日本経済はアメリカ型の市場中心主義へと傾斜し、わがもの顔で世界を跳梁する金融グローバリズムに巻き込まれていった。
「構造改革」の理念は第2次大戦後に生まれて、議会制民主主義の下で政治・経済体制等の基本構造を根本的に変更し社会問題を解決する大規模な社会改革を目指すものとしてEU諸国に取り入れられたが、「小泉改革」では、潜在GDPを拡大するために、供給側を重視した生産性を高める政策として狭義に捉え、資源配分の効率性を高める各種の制度(公的企業の民営化/政府規制の緩和/貿易制限の撤廃/独占企業の分割による競争促進)の改革をめざした。
 金融グローバリズムは、米国の投機的資本に大きな利益をもたらし、市場中心主義のグローバル競争は、激しいコスト競争でデフレをもたらしたとされるが、このグローバル経済路線は、私たちを幸せにするどころか、生活と社会を不安定にしているのではないか。
 安倍政権が「成長戦略の切り札」として今国会の会期内成立をめざすTPP承認案と関連法案が審議入りしたが、共和・民主両党の大統領有力候補者が否定的で、他の参加国にも見直し機運が生じている中、国会の論戦の行方を見守りたい。大切なことは、アメリカの様子見で従属的な政策路線をとるのではなく、国民の声に耳を傾け、「この国のかたち」をしっかり構想した上で、重要政策の策定・提案・実現に取り組むことであろう。
 米国大統領予備選挙をきっかけにした米国社会の混迷と、社会の諸矛盾に気づき始めた民衆を国家権力で抑圧するような中国政府を「他山の石」とし、国際社会・近隣諸国との平和友好親善に努めることこそが、いま一番大切なことではなかろうか。

 『女性リーダーの時代へ』
 世界の元首・首長に「女性時代」の到来である。
 G20に初参加した英国のメイ首相は、EU主要国や大英帝国時代に支配したインドの首相他の首脳たちと会談し、それなりの存在感を示していたが、国連常任理事国では英国のメイ首相に次いで、米国初の女性大統領にクリントン氏が就任する可能性が高い。EUを牽引してきたドイツのメルケル首相以降、ブラジルのルセフ大統領、朴槿恵韓国大統領、マルタのコレイロプレカ大統領、バングラデシュのワセド首相、モーリシャス大統領、ノルウエーとポーランド首相、ミャンマーのスーチー国家最高顧問、リトワニア大統領が、国家元首として女性リーダーの時代を築きつつある。国連機関や世界銀行・FRBなどの独立組織の首長で活躍している女性も少なくない。
 クリントン米国大統領候補は、対抗馬トランプ氏のメキシコ・イスラム系移民への排除的言動で漁夫の利を得て大統領の座を勝ちと予測されるが、現在(9月上旬)の両陣営支持率の推移に予測を超えるものもありそうだ。共和・民主を問わず、エスタブリッシュメントへの対抗勢力が増す米国の社会状況にどのような政策で臨むのか。
 男性支配が続いた人類史上の統治者が男性なのは、キリスト教の「男性優位」に表れているが、クリントン候補が直面する「ガラスの天井」はその象徴であろう。日本はといえば、東京新都知事小池百合子氏が、オリンピック関係予算と施設建設をめぐる諸課題と東京都政改革にどう立ち向かうかを、国民・都民が注視している。
「戦後強くなったのは女と靴下」と男性に揶揄された女性社会進出をマッカーサーの占領政策のせいにする向きがいまだ後を絶たない「男社会」の現状の日本だが、「民主国家」に改革する占領政策の一環の「男女平等と女子高等教育の実現」は、CIE(民間情報教育局)と女性地位向上に戦前・戦後を通じ取組んできた女性リーダーらとの連携・努力があったからだ。
 人類社会の未来を預けられる人物なら、男女のいずれでもよいが、ロシア・中国に後れをとらないで、わが国に女性元首が出現するはいつのことか。

 『人類社会のパラダイムシフト』
 欧米社会で、新自由主義的経済のグローバル化がもたらした格差社会(富の偏在や貧困層の拡大)への国民規模の疑念と反発が炎上し、資本主義経済のパラダイムを変えようとする思潮も動きはじめている。〝パラダイム〟は「ある時代の人々のものの見方・考え方を根本的に規定している概念的枠組み」とされ、「女性リーダーの時代」の論議がそうした視点に立ってなされるのが人類の未来にとって、より有意義と思われる。
 米国大統領選挙まで1ケ月を切った現在、2回目の討論会でのトランプ氏の「ロッカールームの雑談」の女性蔑視がクリントン氏の好食となったが、トランプ氏の過去のセクハラ被害者の出現と反論の無様さで、いっそうの顰蹙を買う羽目となった。
 それにしても、アキレ果てた候補がここまで支持率をのばしてきたのは、政治・経済状況への怒りにも似たやり場のない不満が米国社会に鬱屈しているからだろう。共和党有力者にもトランプ氏の不支持やクリントン氏への投票を表明する人が出はじめたが、若者たちの民主党エシュタブリッシュメントへの不支持も〝世界一強〟だった米国の混迷と先行き不安を世界に知らしめている。
 クリントン氏は、低俗なスキャンダル合戦ではなく、主要政策(TPP、シリア問題、対中・ロ政策ほか)と真剣に向きあい論じ合わなければ、善良な米国民の信頼を得られないだろう。
 英国で2番目の女性首相になったメイ氏の前途にも、多くの難関が待ち受けているとされるが、EU離脱を決めた国民投票を〝静かな革命〟と見立て、「国を決定的に変える歴史的なチャンス」「英国民が離脱を選んだのは、英国に影響する政策や法律の決定に、英国がもっと決定権をもちたいことに加えて、数十年の間に生じた英国内の深い分断を反映している」と、離脱・残留で分断された世論の歩み寄りを呼びかけた。
 EUの権限強化と規制・介入、東欧に拡大した加盟国からの大量移民による英国民の賃金低下と失業増加で、保守党内と支持層にEUへの懐疑主義が膨み、「自国のことは自らの手で決めたい」との主権的な自決意識を昂じさせ、保守党内の親EU/反EUの分断的賛否が、今回の思いがけない〝離脱選択〟となったのである。
 米国大統領選挙で若者の支持候補者が分かれている背景に教育格差と所得格差があり、大都会の大学生や高学歴で失業中の者はサンダース氏を、地方の学歴がなく職に就けない者がおおむねトランプ氏を支持。クリントン氏支持は双方で多くはなく、この傾向は英国の「EU離脱」国民投票でも同様だ。
 新自由主義経済のグローバル化で世界に拡大する「格差社会問題」への対処には、マルクスが『資本論』で予見した「資本主義社会の人間疎外」の視点に立つ「人類社会のパラダイムシフト」が必要ではないのか。

 極めて扇動的ポピュリストと思われ、公職経験のないトランプ新大統領の出現は、米国と世界の先行きが不透明化し、米国主要都市では若者たちによる「反トランプ・デモ」が連日連夜起きている。
 数年内に元首選挙を迎えるEU諸国でも、現政権の政策に不満をもち、人種差別や排他主義的言動のトランプ氏と似た考えの極右的勢力が台頭する兆しがあり、 EU内の移民・難民に仕事を奪われたとする各国の貧困層の主張とトランプ新大統領を選んだ米国白人ブルーカラーの不満・怒りは重なっている。
 新大統領の当選が確実となった直後のトランプ氏は、傲慢不遜のイメージから一転して、クリントン長官からの電話への謝意と、分断した米国民を一つにするために働くと述べ、「トランプ氏は大統領になる人物ではない」としていたオバマ大統領は、当選の祝意と共に、選挙戦での誹謗舌戦をおさめ、平和的な引継ぎの準備に尽くすと言及した。合衆国憲法の精神にのっとる大統領選挙の伝統的情景なのだろうか。
 小池劇場の演目に傾注していた日本のマスコミは一転、トランプ旋風に巻き込まれて、テレビ画面でさまざま論評が連日、賑わいでいる。
〝一国アメリカ帝国主義〟を唱えて新大統領の座をかち得たトランプ氏への〝毀誉褒貶〟は百家争鳴。ともあれ、政権発足に向けて閣僚などの膨大な政治任用ポストを決めるためには、副大統領ペンス氏の共和党主流との橋渡しや大統領最側近の首席補佐官の決定を見守ることだ。
 一貫した政策を示さなかったトランプ氏は、既成政治エシュタブリッシュメントにタブー的政策を真っ向から唱え、不満と怒りに炎上した多数支持者の票を獲得することに成功したのである。
 NAFTAの見直しやTPP締結反対は、民主党候補の一人サンダース氏も、減税措置をはじめとして、行き過ぎた自由市場主義がもたらす貧富の格差拡大と国内産業の衰退を強く批判しており、米国が締結したNAFTA(北米自由貿易協定)とTPPに批判的で、NAFTAでは、企業が米国内の生産をやめて、海外の賃金が低い国へ仕事を移した結果、労働者階級の家庭の痛手となって、約6万の工場の海外移転で、ビル・クリントンのNAFTAによる2年間で20万人の雇用創出の計画は、現実には、約68万人の雇用喪失になったと批判した。
 TPPについては、その実質は究極の構造改革で大企業やウオール街のためにはなるが、労働者階級には厳しい協定で、企業が従業員の賃金を下げやすく、アメリカの雇用を海外移転しやすくなると反対を唱えたので、オバマ路線を継承するはずのクリントン候補も、サンダース氏に追従する始末だった。
 敗戦後の私たちが憧れた「善きアメリカ」を支えていたミドル、努力すれば報われる「アメリカン・ドリーム」は、ドナルド氏を大統領に選んだ米国人に、〝見果てぬ夢〟となっていたのだ。
『(株)貧困大国アメリカ』の著者・堤 未果さんは、 アメリカの実体経済は世界各地で起きている事象の縮図で、いま世界で進行しているのは、新自由主義や社会主義を超えたポスト資本主義の新しい枠組み「コープラティズム」(政治と企業の癒着主義)だと指摘する。(以下は著書あとがきからの引用)
 グローバリゼイションと技術革命によって、世界中の企業は国境を越えて拡大するようになった。
 価格競争の中で効率化が進み、株主、経営者、仕入先、生産者、販売先、労働力、特許、消費者、 税金対策用本社機能にいたるまで、あらゆるものが多国籍化してゆく。流動化した雇用が途上国の 人件費を上げ、先進国の賃金は下降して南北格差が縮小。その結果、無国籍化した顔のない     「1%」とその他の「99%」という二極化が、いま世界中にひろがっているのだ。
 巨大化して法の縛りが邪魔になった多国籍企業は、やがて効率化と拝金主義を公共に持ち込み、国 民の税金である公的予算を民間企業に移譲する新しい形態へと進化した。ロビイスト集団が、クラ イアントである食産複合体、医産複合体、軍産複合体、刑産複合体、教産複合体、石油、メディ  ア、金融などの業界代理として政府関係者に働きかけ、献金や天下りと引きかえに、企業寄りの法 改正で、〝障害〟を取り除いてゆく。
 コーポラティズムの最大の特徴は、国民の主権が 軍事力や暴力ではなく、不適切な形で政治と癒 着した企業群によって合法的に奪われることだろう。


 この「コーポラティズム」はまさに、『アラブと私』で記した『エコノミック・ヒットマン』が進化したものではないか。
 自らが関与した「コーポレイトクラシー」の真相を告発したジョン・パーキンス著『エコノミック・ヒットマン』 は、企業・銀行・政府の集合体で、経済的・政治的な力を利用して、グローバルな「経済発展」の名目の下に、各地の資源・環境を略奪し、労働力を搾取し、自由貿易協定を推進する活動体であり、その正当性を、教育・産業・メディアが連携して啓蒙と認知普及に努めているのが、世界各地で起きている事象なのである。
 6人に1人の子供が貧困というわが国の経済格差状況とトランプ氏を支持するアメリカの格差社会の経済的貧困層の教育格差の固定化が、進学・就職・安定所得の機会の不平等を生み、その不満・鬱屈が社会を不安定にする悪循環を断つ政治・経済政策が求められているのである。
 来日した南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領は、人類社会の格差拡大について、「次々と規制撤廃した新自由主義経済のせいだ。市場経済は富をますます集中させる。格差問題を解決するには、政治が介入して公正な社会をめざす。それが政治の役割というものだ。国家は社会の強者から富を受け取り、弱者に再配分をする義務がある」「怖いのは、グローバル化が進み、世界に残酷な競争が広がっていることだ。すべてを市場とビジネスが決めて、政治の知恵が及ばない。まるで、頭脳のない怪物のようなものだ。これは、まずい」「このまま大量消費と資源の浪費を続け、自然を攻撃していては地球がもたない。生き方から変えていこう、と言いたかったんだ」と講演して、聴講の大学生に感銘をあたえたという。

 シンプルで過激なフレーズを連呼して大衆の不満と怒りを得票に変えたトランプ氏のやり口は、かつての〝小泉劇場〟になぞらえ、〝トランプ劇場〟と呼べるだろう。
 マスメディアとクリントン候補支持者は、99%の貧困層が「既存政治をぶっ壊して、社会をひっくり返すことしか、長く続いてきた閉塞感を打破することはできない」との〝破れかぶれの選択〟に敗れたのである。
 トランプ新米国大統領が、米国(共和・民主両党)が押進めてきたグローバル新自由主義経済が生んだ「格差社会」を変革して、貧困層の支持者たちを救済できるのかどうかは、容易なことではない。
 非エリートの白人、男性、低学歴、ブルーカラー層の支持で大統領になるトランプ氏が、彼らの期待を裏切れば、アメリカで多発した大統領暗殺の事態が起きないとは言えないだろう。
 民主党員も共和党に投票した1980年の大統領選挙「レーガン・デモクラット」どころか、共和党主流と対立したトランプ氏が、いかにして、「偉大なアメリカを取り戻す」歴史的役割を果たすことができるのか。
 長い間民主党員だったというトランプ氏が、「小さな政府」「税金は少ない方がいい」とする共和党の綱領と相いれない、社会保障制度の拡充、公共インンフラ事業費の拡大、富裕層への増税や関税引き上げについて言及している一面もあるとされるので、典型的資本家トランプ氏が、前述した、〝マルクスが『資本論』で予見した「資本主義社会の人間疎外」の視点に立った「人類社会のパラダイムシフト」の必要〟に気づいてくれることを祈りたい。       

(2016・11・12)


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2016/11/16 14:46 2016/11/16 14:46

文ちゃんがツブヤク!

 

                             201611月8日 

人類社会のパラダイムシフト

 

前号小論の『女性リーダーの時代へ』は、近代社会の理念の一つ“男女平等”が実現する過程であろうが、歴史的に続いてきた“男社会”が大きな転換期を迎えているとみれば、人類社会の「パラダイム・シフト」の一つと言えるのではないか。

 クリントン大統領候補やメイ英国首相の欧米社会で、新自由主義的経済のグローバル化がもたらした格差社会(富の偏在や貧困層の拡大)への国民規模の疑念と反発が炎上し、資本主義経済のパラダイムを変えようとする思潮も動きはじめている。

 ちなみに、“パラダイム”は、「ある時代の人々のものの見方・考え方を根本的に規定している概念的な枠組み」とされ、「女性リーダーの時代」の論議は、そうした視点に立つのが人類の未来にとっても、より有意義と思われる。

米国大統領選挙まで1ケ月を切った現在、2回目の討論会でのトランプ氏の「ロッカールームの雑談」の女性蔑視がクリントン氏の好食となったが、トランプ氏の過去のセクハラ被害者の出現と反論の無様さで、いっそうの顰蹙を買う羽目となった。

4百年前の明の官吏が著した『菜根譚』の1節の、「人の小過を責めず/人の陰私を発(あば)かず/人の旧悪を念(おも)わず/三者を以て徳を養うべし/また以て害に遠ざかるべし」という世俗の知恵(智慧と呼ぶほどではないが)に学ぶことを両氏に薦めたい。

 トランプ氏の“トデモナイ発言”で漁夫の利を得るクリントン氏が米国初の女性大統領になる予測を前稿に書いたが、接近していた支持率の差異が顕著になりはじめたようだ。

 それにしても、アキレ果てた候補がここまで支持率をのばしてきたのは、政治・経済状況への怒りにも似たやり場のない不満が米国社会に鬱屈しているからだ。共和党有力者にもトランプ氏の不支持やクリントン氏への投票を表明する人が出はじめ、若者たちの民主党エシュタブリッシュメントへの不支持も、“世界一強”だった米国の混迷と先行き不安を世界に知らしめている。

 選挙までの“論戦”のクリントン氏は低俗なスキャンダル合戦ではなく、主要な政策(TPP、シリア問題、対中・ロ政策ほか)と真剣に向きあい論じ合わなければ、善良な米国民の信頼を得られないだろう。 

 英国で2番目の女性首相になったメイ氏の前途にも、多くの難関が待ち受けているとされるが、EU離脱を決めた国民投票(キャメロン元首相の読み違いとされる)を“静かな革命”と見立て、「国を決定的に変える歴史的なチャンス」「英国民が離脱を選んだのは、英国に影響する政策や法律の決定に、英国がもっと決定権をもちたいことに加えて、数十年の間に生じた英国内の深い分断を反映している」として、バーミンガムの党大会で世論の歩み寄りを呼びかけた。EU史上の“一国家離脱”は世界史的な出来事で、英国・EUがどう変わり国際社会にどのような影響を及ぼすか注視された中のスピーチだった。

 島国的地勢の英国と欧州の関係は、経済的な理由で「欧州経済共同体」(EEC)に加盟(1973し、1975年の国民投票でEECに“是”を投じた。

初の女性英国首相サッチャー(197990)は就任して10年弱後、自由市場を超えて介入や関与を深めて通貨同盟に邁進するEC(欧州共同体)を強く批判し、長期政権の終焉の反EU演説(「ブリュージュ演説」1988)で生じた保守党内の反乱で、首相の座を追われた。

EU創設の「マーストリヒト条約」(1991)で経済・社会・通商の「欧州経済共同体」から通貨統合、政治統合、共通市民権への移行協議があり、欧州委員長ドロール(フランス社会党)氏の「ヨーロッパ社会民主主義的な統合像」(グローバル化への緩衝的機構となるEUを構築して、単一の市場・通貨の枠内で第1次・2次世界大戦で荒廃したヨーロッパの社会的連帯を模索する)の下で、ブレア元英国首相(労働党)もEU推進の積極的な政治家の一人だった。

 だが、EUの権限強化と規制・介入、東欧に拡大した加盟国からの大量移民による英国民の賃金低下と失業増加で、保守党内と支持層にEUへの懐疑主義が膨み、「自国のことは自らの手で決めたい」との主権的な自決意識を昂じさせ、保守党内の親EU/反EUの分断的賛否が、今回の思いがけない“離脱選択”となったのである。

「EU離脱」選択後のポンド下落で輸出が伸びて、景気落ち込みは予想ほどでないとされるが、インフレ懸念で低所得者(離脱を支持した)に不満がつのる予測もある。

 離脱反対だったスコットランド民族党(SNP)の女性党首ニコラ・スタージョン氏(英国議会第3党)が中央政界で存在感を発揮して離脱後の諸政策をめぐり、メイ首相と論戦を交える場面もあろうが、間もなく開かれる「欧州会議」に初登場のメイ首相の言動を見守りたい。

 豊洲・五輪の諸問題をめぐる“小池劇場”の一部始終がマスコミの絶好のネタになり、視聴者をよろこばせている。“豊洲”と“五輪”は別事案だが、第2環状道路の完成橋との接続点が築地市場内にあることで、五輪開催期日という時間的足枷がある。

 小池都知事は、都の幹部の隠蔽体質への一撃として市場長の格下げ人事を発令したが、盛り土問題の決裁責任者・石原慎太郎元都知事に送付した質問状に対して、“聞いていない、記憶にない、わからない”の回答が届いたというが、傲慢なこの“御仁”には女性蔑視をふくめ、トランプ氏に似た臭いもある。

 マスコミは専ら都担当部局間の組織的欠陥を論じており、コメンテーター(元中央官庁幹部)がこの種の公共工事の〝政官業〟の利権の構図をにおわせただけでは、隔靴掻痒の感を免れない。

「オリンピック・メインスタディアムの計画変更」が世間を賑わしたとき放映されたテレビドラマの筋書き(中央官庁の計画関係者が謀殺される)が、松本清張もどきのバーチャル・リアルでビックリしたが、豊洲・五輪の公共工事に関わるこの種の“疑惑”の探索は、検察にまかせるほかないだろう。

 舛添前都知事の公私混同問題に端を発した知事選で自民党公認候補に圧勝した小池氏の「都政改革」が、公約したように実現するか、これからいよいよ正念場にかかる。

 東京と福岡での衆院議員補欠選挙で小池・蓮舫両氏の自民・民進党代理戦争についてマスコミ解説者が、「女の闘いですネ」と“男社会風”な発言をしたが、「女性リーダーの時代」を迎えた世界からみて、なんとも興味本位で床屋的な政局論議ではないか。 

 ワールドニュースで南アフリカの大学生らが学費・食事・下宿代が払えない貧しい学生の教育の無償化を求める大規模デモを報じ、女学生リーダーが、「この背景には、格差・人種問題や政府・与党の不祥事や汚職の多発、過去の問題是正や新しい国づくりが進まない南アフリカで、かつての独立で手にした「自由」の意味が問われていると訴えた姿に、強い印象を受けた。

 第2次世界大戦・戦後の苦難の歴史を知らぬ若者らが社会を担っている世界で、復古的ナショナリズムが台頭し、国際協調の道を守ろうとする人たちとの間で、世代間のみならず若者(貧富/教育格差)を分断する闘いが始まっている。

 米国大統領選挙で若者の支持候補者が分かれている背景に“教育格差”と“所得格差”があり、大都会の大学生や高学歴で失業中の者はサンダースを、地方で学歴がなく、職に就けない者がトランプ氏を一般的に支持し、クリントン氏支持は双方で多くないようだ。

 この傾向は英国の「EU離脱」国民投票でも同様だ。台湾・香港の選挙にみる学生ら若者の愛国的行動力に比べ、わが国ではSEALⅮs等の新しい市民運動の兆しはあるものの、参院選では18歳で選挙権を得た世代をふくめ、政府与党に絡めとられた観がある。 

今年のノーベル文学賞が米国ミュージシャン・作詞家ボブ・ディラン氏に授与されたが、意表を突く人選に驚きながらも、つい〝ブラボー〟を叫んだ。発表会場に詰めかけていた報道陣に驚きの歓声があがり、拍手が鳴りやまなかったという。

「風に吹かれて」など数多くのプロテストソングのシンガー・ソングライターとして日本の若者たちやミュージシャンらのこころをとらえ、熱狂的な支持を受けたボブ・ディランは、公民権運動やベトナム戦争に揺れる若者の旗手でありヒーローだった。

 書棚の一隅に、『ボブ・ディラン全詩集』(対訳付・晶文社1992年⑰版)があるが、食道(がん)全摘出手術で入院中の見舞いに病室へ届けられた品の一つで、拙詩『日々新しく』がNTT社歌に選ばれて7年目のうれしい“励まし”だった。 その99ページの『時代はかわる』の1節。

  国中のおとうさん おかあさんよ わからないことは批評しなさんな/むすこやむすめたちは あんたの手にはおえないんだ/むかしのやり方は 急速に消えつつある/あたらしいものをじゃましないでほしい たすけることができなくてもいい/とにかく 時代はかわりつつあるんだから

  古代ギリシャの詩人ホメイロスのような偉大な詩人と称賛したノーベルアカデミーは、ボブ・ディラン氏とまだ連絡が取れてないというが、米国民は、“オレがオレが!ワタシはワタシは!” の大統領候補との人格・品性の隔絶を感じているだろう
か。     

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 新自由主義経済のグローバル化で世界に拡大する格差社会への対処や資本主義
発祥の地英国の「EU離脱」の道程では、マルクスが『資本論』で予見した「資本主義社会の人間疎外」の視点に立ち戻る必要があるのではないか。


                                                                               (2016.10.15記)


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2016/11/09 17:31 2016/11/09 17:31

文ちゃんがツブヤク!

 

女性リーダーの時代へ

                           201699日    

 

20に初参加した英国のメイ首相は、EU主要国や大英帝国時代に支配したインドの首相他の首脳たちと会談し、それなりの存在感を示していた。世界の元首・首長に“女性時代”の到来である。

国連常任理事国では、英国のメイ首相(2016)に次いで、米国初の女性大統領にクリントン氏が就任する可能性は高い。EUを牽引してきたドイツのメルケル首相(2005)以降では、ブラジルのルセフ大統領、(2011 弾劾裁判で職務停止処分)、パク・クネ(朴槿恵)韓国大統領(2013)、2014年にマルタのコレイロプレカ大統領、バングラデシュのワセド首相、2015年はモーリシャス大統領、ノルウエーとポーランドの首相、ミャンマーのスーチー国家最高顧問が就任した。今年は、リトワニア大統領、英国首相が、国家元首として女性リーダーの時代を築きつつある。国連機関や世界銀行・FRBなどの独立組織の首長で活躍している女性も少なくない。

 

日本はといえば、リオ・オリンピックの閉会式でオリンピック旗を引き継いだ東京都知事小池百合子氏が都民・国民の耳目を集めている。立候補から当選までの経緯がドラマティックだったこともあるが、選挙キャンペーン中に力説したオリンピック関係予算や施設建設をめぐる疑問や課題にどう立ち向かうかが、その関心の的だろう。

 ところで、日本最初の女性首長は日本国憲法(昭和21年公布・22年施行。女性が初めて選挙・被選挙権を得た)下の第1回統一地方選挙で誕生した4人の女性村長だ。徳川幕府の長い封建政治を覆した明治維新とその後の西洋近代化の中でも、“政治は女子供が手を出すものではない”といった男尊女卑的な社会通念は続いたが、戦後日本を“民主国家”に改革する占領政策の一環としての男女平等と女子高等教育の実現は、CIE(民間情報教育局)の担当官と、男女平等の理念に基づく女性の地位向上に戦前・戦後を通じ取組んできた女性リーダーらとの連携・努力があったからとされる。

“戦後強くなったのは女と靴下”と、男性に揶揄された女性社会進出をマッカーサーの占領政策のせいにする向きが後を絶たないのは「男社会」がいまだ健在な日本の現状だ。

 女性村長に次ぐ首長の初女性市長は元芦屋市長(平成3年)、女性知事は元大阪府知事の太田房江さん(平成12年)だから、日本国首相に女性が就任するには、かなり遠い道のりが必要なのか。現役の女性首長は、知事3名(山形、北海道、東京)、市長17名(横浜市等)、特別区長1名、町長5名、村長0名である。

 小池知事は、就任挨拶に集まった東京都幹部に女性が少ないと言及していたが、都職員30%が女性でも幹部に登用されるのが少ないのは民間企業も同じで、先進国中で最下位に近いという。「小池劇場」の幟を立てたマスコミの連日のよう「都政改革」「東京オリンピック・パラリンンピック」をめぐる報道番組の視聴率は高そうだが、都議会・JOC等との攻防の行方は不透明だ。

 小池さんは、任期半の不祥事で退任した猪瀬・舛添知事(自民党推薦)が遺した〝負の遺産〟をいかに改めるか、都民・国民から注視されている。東京都知事の権限は小国の大統領に匹敵するというから、ブレア元首相の錯誤による国民投票でEUを離脱した英国の新キャプテン・メイ首相ではないが、課題山積の状況打破の手腕が問われているのは似た状況にある。

 東独出身の科学者だったメルケル首相は、EUが諸問題で揺れる困難な状況のなか、驚くほどの冷静さで加盟諸国のリーダーの役割を果たしている。自分の選挙州では、難民排斥を主張する党が第2党に進出し、彼女の党は第3位で獲得票は20%にとどまったが、その対応が見ものだ。

 知的美人でオシャレなメイ首相は、EU離脱への軟着陸をどう進めるか、前職(内務相)で容認した難民入国の増大抑止をめぐるドーバー海峡のチャネル(ユーロ)・トンネルからの流入対処など、喫緊の課題が待ち受けている。

 クリントン米国大統領候補は、対抗馬トランプ氏のメキシコ・イスラム系移民への排除的言動で漁夫の利を得て大統領の座を勝ちとる予測だが、現在(9月上旬)の両陣営支持率の推移に予測を超えるものもありそうだ。共和・民主を問わず、エスタブリッシュメントへの対抗的勢力が増す米国の社会状況にどのような政策で臨むのか。

 長年、軍事政権と対峙して度重なる自宅監禁に耐え、ミャンマーの非暴力民主化運動のリーダーとしてノーベル平和賞(1991)を受賞したスーチー氏は、依然力を保持する国軍やイスラム少数民族との折り合いをどうつけるか、国際社会が注目している。

“女性リーダー”は“男社会”が続いた人類史の各地域・時代に存在しており、クレオパトラ、ジャンヌダルク、エリザベス1世、エカチェリーナ、西太后などが知られ、その出現に共通しているのは、彼女らが属した王国・帝国が困難な状況だったことである。

 クレオパトラ(7世)はプトレマイオス朝の王女として18歳で女王に即位した。エジプト王国征服を狙うローマの英雄カエサルとアントニウスを彼女の魅力で虜にして王国を統治したものの、カエサルの傀儡政権とみる向きもある。

 フランス農家の娘ジャンヌは、神の啓示を受けたとして、英国との百年戦争に参戦して勝利に導き、

7世の戴冠に貢献したが、英国と通じていた司教の〝異端審問〟判決の火刑で19歳の生涯を閉じた。

フランスを救った若い女性として西洋史上でも有名な人物となり、死後25年、ローマ法王が命じた復権裁判で、無実と殉教が宣言されて、今ではフランスの守護聖人の1人になっている。

 波乱に満ちた王位継承で英国の統治者となったエリザベス1世は、父ヘンリー8世や弟・姉より穏健で、成果の乏しい戦争には反対だったが、スペイン無敵艦隊への勝利(1588)と英国教会を国家の主柱(国教)と位置付け、英国史における最も偉大な勝利者、黄金時代の統治者として称えられた。

 北ドイツ生まれのゾフィー(のちのエカチェリーナ)は縁あって14歳でロシア皇太子妃候補となり、

1745年にピヨートル皇太子(ドイツ育ち)と結婚。ロシア文化に不慣れなエカチェリーナは、ロシア語を習得し、ロシア正教に改宗して、ロシアの貴族・国民に支持される努力を惜しまなかったとされる。

皇帝ピョートル3世統治への怨嗟の声の高まりの中で、エカチェリーナは近衛連隊とロシア正教会の支持を得て、ほぼ無血のクーデターに成功し、モスクワで女帝即位の戴冠式(1762)を行った。

ヴォルテールらの啓蒙思想の崇拝者で、教育振興、病院設立、文芸保護や社会制度改革に取り組んだ

エカチェリーナは、オスマン帝国との戦争やポーランド分割でロシア帝国の国土を拡大する一方、ポーランドを近代民主主義国家にする大改革を断行してもいる。対外的に啓蒙専制君主とみられるのを好み、

積極的な外交政策で紛争の仲裁者の役割に努め、ヨーロッパ諸国に武装中立国同盟を結束させた。

 西太后は、17歳で紫禁城の后妃選定試験に合格して後宮に入り、清朝末期の政治的混乱の中で権力を掌握した剛腕女傑として知られる存在だ。清朝末期の政治的混乱の中で、清朝の伝統保持派(西太后)と制度改革で立て直しを図る革新派(光緒皇帝)が激しく対立していた様相を、実在・架空人物を綯い交ぜの物語にした『蒼穹の昴』(浅田次郎著)がある。「私はこの作品を書くために作家になった」は

著者の言だが、中国史における西太后は“傾城の美女”と唄われた楊貴妃とは対照的な存在だった。

 わが国では、統治を司ってきたのは天皇家で、神話の天照大神が皇室の祖神の一柱とされ、伊勢神宮ほかに鎮座しているが、卑弥呼の耶馬大国を引き継いだ大和朝廷以降185代の中で、8代の女性天皇(推古、持統など)がいた。象徴天皇が存続するなら女性天皇でもよいのではないか。

 天皇の生前退位問題をめぐる論議で、あの戦争に関与された父君の贖罪に献身されてきた天皇ご夫妻の真心をしっかり受けとめたいものだ。

 

 人類史上の国家統治者が圧倒的に男性なのは、文武に勝る支配者が“男社会”を継承してきたからで、キリスト教の“男性優位観”(ムスレムで女性を虐げるのは、ムハンマドの教えへの背信)の証の一つが、クリントン候補がいう“ガラスの天井”だろう。

 最近のNHK番組「朝の連続小説」(朝ドラ)のヒロインたちは、戦前・戦後に活躍した女性らがモデルで、『原始、女性は太陽であった』を世に問うた平塚らいてうがよく出てくるが、この本からは、明治・大正・昭和を駆け抜けた比類ない女“らいてう”の行動原理と、わが国の女性解放運動の近現代史を見ることができる。

 私の母(大正3生)は、私が物心ついた頃から「婦人公論」(自由主義と女権の拡張を目ざすとして大正5年創刊)から強い影響を受け、戦時中の日本への違和感で苦労し、敗戦後は〝水を得た魚〟ように輝いて、団子3兄弟の私たちを育ててくれた。私の筋金入りの(?)のフェミニストぶりは彼女の訓育によると感じている。

 国家元首に適切な資質については、ゼンダー論的に多様な主張があり、だれにも、男・女双方の性向がある比率で内在するので、男性的、女性的と、一概に断じることはできないだろう。

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各国の“自由と民主主主義”がもっと成熟すれば、“ガラスの天井”も薄くなるか消滅するだろう。

人類社会の未来を預けられる人物なら、男女のいずれでもよいが、ロシア・中国に後れをとらず、わが国に女性元首が出現するのを彼岸から見守りたいと想う。



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2016/09/13 15:05 2016/09/13 15:05

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                          2016年7月12日(火)

差別と格差

                 

 

「自由と民主主義」の旗印を掲げて世界の警察官を演じてきた米国で、警官による黒人差別とみられる射殺事件が立て続けに起きた。またかの感が大きい。

 二つの事件への市民の抗議デモは全米に広がり、ダラスでも数百人のデモがあった中で、警備の警察官12人が狙撃され、5人が死亡、7人が負傷した。

 黒人の容疑者はアフガニスタンからの元帰還兵。現場はケネディー大統領狙撃事件のビルから数ブロックの所で、黒人男性が相次いで射殺された事件への怒りと、「白人警察官を殺したい」との趣旨を表明していたという。

 米国では銃による無差別殺人が後を絶たないが、容疑者にベトナム・アフガニスタン・イラクの戦場で心を病んだ元帰還兵が少なくないとされる。人口よりも銃の数が多い「銃社会」では、こうした悲劇が起こるたびに銃器の販売が増えるそうだ。

 次期大統領候補トランプ氏は演説会で、銃の日常携行を推奨したが、まさか西部劇の時代に戻ろうというのではあるまい。オバマ大統領の「銃規制」の訴えに保守政治家や銃器関連業界の反対は根強く、銃保有は憲法で保障されている権利だと主張している。

その根拠は、「アメリカ独立宣言」(1776年)に書かれている人民の権利(人間が生まれながらにして有する自由かつ平等な権利と、これを侵害する国家に抵抗する革命権)を守るために銃器保持が認められているということらしい。

「自由と民主主義」の正義感を振りかざして他国へ軍事介入してきた米国は、この暴力革命的と言える思想を、他国にまで援用したのだろうか。

 だが、独裁軍事政権の人権状況を非難しての独善的な侵攻は、当該国民の曲がりなりにも平和だった家族の暮らしを滅茶苦茶にしたのだ。(米英両国によるイラク侵攻の結果、「IS」が生じたことは定説となり、EU離脱騒ぎの英国でブレア元首相が国民からの非難を浴びている)

ところで、民主主義の基本原理「米国独立宣言」は、「フランス人権宣言」(1789年)の模範とされたが、起草委員ベンジャミン・フランクリンは、「人間とはまことに都合のいいもので、したいと思うことなら何にだって理由を見つけ、理屈をつける」と警句を吐いている。

 リンカーンがゲティスバーグ演説(1863年)で高らかに宣言した「人民の、人民による、人民のための政治」を、マッカーサーがGHQの憲法草案前文に織り込んだとされるが、占領軍の押しつけというよりも、明治維新後の「自由民権思想」などの、日本人自らが希求してきた近代政治の理念だったのではないか。

 独立宣言から240年を経た米国社会で、黒人への理不尽な射殺事件や大統領候補トランプ氏の過激な人種差別発言が、かつてない混迷ぶりをみせつけているが、米国の「自由と民主主義」にみる欺瞞的な部分に、人種のるつぼの米国人(特に若い世代)が、いかにどう向き合い、真の「自由と民主主義」への復元力を発揮するかを見守りたい。

 若者たちといえば、フランス人権宣言の前触れといわれるジャン=ジャック・ルソーの『エミール』に、「名誉・権力・富・名声といった社会的な評価から自分を測るのではなく、その基準を自分の中にもち、自分の必要な幸福を自ら判断して“自分のために”生きられるように育てる。そして、互いの意見を出し合いながら、自分を含むみんなが欲することを明確にしてルール化する。つまり、自治しうる力をもつ人間を育てる」との教育論・人間論が述べられている。

“自分のため”といっても単なる利己的な人間ではなく、“自分のため”と“みんなのため”という折り合いにくい二つを両立させた、真に自由な人間を育てることを目指し、“自分を含めたみんながトクをする”ルールによる公共の利益を考えようとしたのである。

 ルソーは、権力者が勝手な命令を押しつけたり、一部の人間だけがトクをする不公平な法律や政策がまかり通ることのない“自由で平等な”近代社会の理念をいちはやく提起した思想家で、彼がイメージした“みんなのため”を考え実現する“自治のできる人間”とは、お互いの都合や利害を対等かつ正直に出し合い、聞き合いながら、「どうするのがみんなのためにいちばんよいのか」を議論する人間だった。

 リンカーンのゲティスバーグ演説から240年後のアメリカで、トランプ氏のような反知性的な人物が大統領候補に選ばれるとは、ルソーも想像できなかっただろうが、マッカーサーから中学生レベルとみなされた日本人社会の未成熟な「自由と民主主義」は、70余年を経た今、自分の中に自分の生き方の基準をもつ、自由で自立した人間のレベルに成長したのだろうか。

 

 グローバルな金融資本主義の傍若無人な跋扈で、世界中に格差と貧困が蔓延するなかでは、米国独立宣言やフランス人権宣言に謳われている人間社会の政治理念の普遍的価値は高まり、フランス革命の帰結である“人権宣言”の「自由・平等・博愛」は、人類社会がめざすべき“価値”として、その実現がいっそう求められるだろう。

 無辜の黒人男性らを射殺した警察官らではなく、ダラスで白人警官を狙撃した元予備兵(黒人)を強く非難したトランプ氏が、あたかも人種差別で米国が二分されつつあるかの発言を繰り返した一方で、オバマ大統領は人種を超えた相互理解と友和の必要を説いている。白人エスタブリッシュとみなされる民主党候補のクリントン女史も、白人がもっと黒人やヒスパニックの主張に耳を傾けるべきだとインタビューで応えていた。

 トランプ支持者には白人の失業者や貧困層が多く、サンダース氏の支持者にも就職難に直面する大学卒の若者が多いという。オバマ政権の8年間で、米国の貧困率は11%から15%に上昇、黒人の30%は貧困層という。

 経済状況が比較的よい米国での低所得層の増加は、ICT・IOTによる産業構造変化が原因との分析もあるので、わが国でも他人事ではなかろう。

 人種偏見・差別と所得格差がすすむ米国社会にはとてつもない「銃社会」問題がある。オバマ大統領と次期大統領にとって、貧困層の不安、黒人差別への恐怖、炎上する憎悪の連鎖にどう対応するかが、喫緊の政策課題であろう。

 

 ヨーロッパでは、「EU離脱」の是非を問う英国の国民投票の結果、保守的老人層を中心に「離脱」が選択され、「残留」を主張するスコットランドや若者たちの反発の高まりで、政治・経済・社会の各分野の不安定化が予見される。

英国経済を支えてきた移民に仕事を奪われた上、「IS」からの難民流入に不安と不満をもつ失業者や老人による“離脱選択”が、元大英帝国に大きな影を落としている。領土・資源を奪い合う戦争に明け暮れた20世紀の反省から生まれたEUの存立が揺らぎはじめているのはきわめて憂慮すべき事態で、主要加盟国で難民受け入れ反対を主張する政党の進出が報じられている。

 戦争の世紀と称された20世紀から、「統合と協調」をめざして迎えた21世紀の国際社会に、米英両国のイラク侵攻で「IS」という“バケモノ”が出現し、「分断と対立」のグローバル化が進行している。

 古今の王国や帝国が繰り返した戦争のない世界をめざす、人類社会の壮大な試行実験のようなEUは、日・中・韓を含むアジア地域の和平的共存の在り方のパイロット。ここはしっかり踏ん張ってもらいたいと願う。

 “国益”と“国際協調による共栄”という二つのベクトルをいかに両立させるかが問われているが、別稿に書いたウルグアイのムヒカ前大統領と同様、若者たちの新鮮な感性と知性に希望を託したい。

 サンダース氏の社会民主的な考えを支持した米国の若者が、ネット上で協働して行政組織へ政策提言をしているように、EU各国の若者たちと連携して、EUを主導している高級官僚たちに、EU改革への建設的提言をするネット活動も期待したい。

 ITCを駆使するスペインの市民・若者の政党ボコモスは、EUから課せられた緊縮財政に反対して国民の暮らしを守ると主張しているが、今後の動向を注視したい。スエーデンでのICT活用による直接民主主義のユニークな政治活動も、SNS(ソーシャルネットワーク)の効用の好事例である。

 SNSの活用では、「チュニジアの春」の社会変革、グローバルなボランティア・グループの

“社会に貢献するアプリ”の共同制作、弱者支援活動などとは裏腹に、誹謗中傷の熾烈な応酬や独善的な正義感がエスカレートした“ネット炎上”が社会問題化した“影の部分”も深刻で、国家・企業の秘密情報をハッキングし、重要なインフラ施設の運転・管理を妨害するサイバー攻撃(戦争)への防備が軍事的防衛に勝るとも劣らない重要性をもつ。

「差別と格差」の日本の情況を簡略に述べると、「差別」では、国連調査の外圧で「ヘイトスピーチ対策法」が成立したものの、在日外国人の滞在条件や移民受入れへの政府スタンスと国民コンセンサスのポテンシャルは、極めて低いと言わざるをえない。

「格差」については、日銀・政府合作の金融・財政手段で“円安・株高”を押進めてきたアベノミクスは、世界経済の情況変化の中で“円高・株”に直面しているが、消費増税の再延期で国民一人当たりの国の借金が膨大となり、産業構造の変革と生産性向上、消費者動向の改善がなければ、第3の矢である実体経済の成長は望めない情況だ。

 6人に1人の学童が貧困で給食費が払えないという実体とOECDでは最低の教育投資額の日本で、貧困層の教育格差による所得格差の固定化や主要な大学の世界ランキング低下もむべなるかなである。

「自由と民主主義」の価値観を同盟国アメリカと共有すると言いつつ、反立憲主義的な政治姿勢に終始する安倍政権はソローの『エミール』に真摯に学び、「米国独立宣言」「フランス人権宣言」の政治理念に基づく真の「自由と民主主義」の実現を目指して、“戦争をしない平和主義”を選択し、経済大国を築いてきた戦後国民の真剣な付託に“シッカリ”応えてほしいものだ。

近代国家の政治理念「自由と民主主義」の概念の進化が求められていると思われる今、「自由」に伴う「義務・責任」の明確化、「間接・代議員制民主主義」の機能不全の現状打開策などについて、わが国でも互いの意見を出し合い、聞き合ってコンセンサスを構築したいものである。

(7/10日参院選挙前夜)


 

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2016/07/13 13:48 2016/07/13 13:48

オバマ米国大統領の「ヒロシマ訪問」

                松本 文郎

 

 オバマ米国大統領の「ヒロシマ訪問」が実現した。

「G7伊勢志摩サミット」終了後すぐ広島を訪れたオバマ大統領は、原爆記念館から原爆死没者慰霊碑へ向かい、花輪を手向け、真摯に黙とうを捧げた。

 来日前のNHK単独インタビューで短いと予見されたスピーチは、思いがけず17分にも及び、極めて格調高い内容だった。

「71年前、明るく、雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降り、世界が変わってしまいました。閃光と炎の壁が都市を破壊し、人類が自らを破滅させる手段を手にしたことを示したのです」

 私は、この〝ピカドン〟の前年に父の実家がある福山へ疎開して被曝を免れたが、比治山下の皆実町小学校5年生のクラスメイトに犠牲者はいただろう。

 運よく休暇で広島鉄道管理局から帰省していた父は、2日後に広島市内の職場へ戻り、死体が道路や河川にあふれる地獄絵の中を歩き、原爆手帳をもつ身となった。

「なぜ私たちはここ、広島を訪れるのか。私たちはそう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力に思いをはせるために訪れるのです」

 1945年8月6日(月)8時15分、約35万人が暮らしていた広島市に、米国は原爆を投下し、焦土と化したなかで、約14万人(その年末までに)が亡くなり、慰霊碑に納められている「原爆死没者名簿」の記載数は29万7684人(2015年8月6日)となった。(3日後の長崎では、約24万人の市民の内の約7万人が無念の死を遂げた)

「いつかヒバクシャ(被曝者)の声が聞けなくなる日がくるでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶を薄れさせてはなりません。その記憶は、私たちが自己満足と戦うことを可能にします。それは私たちの道徳的な想像力を刺激し、変化を可能にします」

 スピーチを終えて足早に歩み寄ったのは、2人のヒバクシャ代表が待つ場所だった。

 日本被団協・坪井 直代表委員(91)はオバマ大統領が差し出した手を握りしめたまま、その目を見つめて熱心に語りかけ、オバマ大統領は、杖を手にした白髪老人の言葉にうなづき、悲しげな表情で坪井さんを抱え、その背中をさすった。

 被曝者で歴史研究家の森重昭さん(79)は、被曝死した米兵捕虜12人を調査して、米国人家族と交流してきたが、「自分の言葉でお礼を言いたくても、緊張のあまり言葉に詰まり、体がふるえて涙が頬を伝いました。その瞬間、オバマさんに抱きしめられて、思いがけないハグとなりました」と述べた。

修学旅行生に被曝体験を語ってきた坪井さんは、現職米国大統領の初めての広島訪問について、「例えようのない、じわっとくるうれしさがある。人類社会の戦争の歴史を説き起こし、戦争や核兵器のない世界への信念を述べられたことに感動した」と、インタビューの記者にその想い伝えていた。

 13歳で被曝し〝原爆乙女〟と呼ばれた笹森恵子さん(83)は、「緊張よりも、懐かしい人を待っているような、うれしい気持ちです。もう、来ていただいたこと自体が、ものすごくうれしいから…」

 4歳で被曝した女性は、「恨みも何もないが、とにかく戦争や核兵器を使うことをやってもらいたくない。核がなくなりますように。幸せな世界になりますように、それだけです」と話した。

 

オバマ大統領は就任後間もない2009年4月、米国とEUの初の首脳会議で訪れたチェコ・プラハのフラチャニ広場で、核廃絶の具体的目標を示した演説をした。

 核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として行動する道義的責任があるとして、米国が先頭に立ち、〝核兵器のない世界の平和と安全を追及する決意〟を明言したこの演説と、「核なき世界」に向けた国際社会への働きかけが評価されたオバマ氏は、同年10月、ノーベル平和賞を受賞した。

 ノーベル賞委員会から通知を受け、受賞への驚きを表明したオバマ氏は、〝行動を求める声〟として受けとめるとの声明を出した。

「(前略)。正直なところ、この賞によって顕彰された多くの変革者に伍する価値が自分にあるとは思わない。(中略)。21世紀の共通課題に対処せよと全国家に求める声としてお受けするが、こうした諸課題は、1指導者や1国家によっては解決され得ない。だからこそわが政権は、われわれが求める世界に対する責任を全国家が負わねばならないという、新たな関与の時代を確立しようとしている」

 この声明には、米国によるヒロシマ・ナガサキの原爆投下、第2次世界大戦後の東西冷戦下の朝鮮・ベトナム戦争への介入、米ソ核軍拡競争、アフガン・イラク侵攻など、現代米国が関与した戦争の歴史に対するオバマ大統領の苦い思いと、混迷を深める国際社会への「チェンジ」に取り組む決意がこめられていたのではないか。

 

朝鮮戦争勃発の1953年に、アイゼンハワー大統領の下で国務長官になったジョン・フォスター・ダレスは、反共主義の積極的スタンスを主張して、核兵器を含むより広範な報復攻撃を示唆することで、共産主義勢力の拡張主義的で攻撃的な勢力を阻止する戦略(のちに、「大量報復作戦」として知られる)について、米外交問題評議会で演説した。

 この評議会の前身は第1次世界大戦後のパリ講和会議に遡り、ウイルソン大統領は、「適切な国際機関があれば、国際平和を実現する際の大きな助けになる」という信念を胸に、米国人だけでなく、世界の人々の希望でもあった公正かつ永続的な世界平和を実現すべく、パリ講和会議へと向かった。

 プリンストン大学学長を務めたウイルソンの理想主義的外交は、〝民族自決〟〝秘密外交の廃止〟等を盛り込んだ「14箇条」に代表されるが、ヨーロッパの現実主義的政治家によって、ほぼ押さえ込まれていた。

 この現実を前に、ベルサイユ会議がいかなる結末を迎えるにしても、外交問題の理解促進を目的とする民間研究機関の必要があるとして設立されたのが、この米外交問題評議会である。

最初のメンバー(75人)はパリ講和会議に参加して事実関係をまとめ、ウイルソン大統領に適切なアドバイスをした大学教授中心の国際問題専門家と研究者たちと公益利益に関心をもつ国際的ビジネスマンや銀行家たちで、本格的な〝外交論文〟を掲載する季刊誌「フォーリン・アフェアーズ」を発行して今日に至る。

 米外交問題評議会は、政府の内外を問わず、当時の中核的問題の核兵器と国内政策の双方において、アイゼンハワー政権に批判的な「政策プロジェクト」を実施していたが、ダレスの「戦略」をめぐる研究プロジェクトの責任者に抜擢されたのがヘンリー・キッシンジャーで、米国外交における重要人物としてのデビューだった。

 彼の著書『核兵器と外交政策』の分析が優れていることは多くに認められたが、「米国は、限定的な核戦争能力とそれを使う意思をもつべきだとする彼の大胆な結論に関しては、次第に、疑問視されるようになった。

 その出版から6年後、評議会の研究に基づいた、西ヨーロッパの安全保障を論じた著作ではそれまでの立場を変え、核戦争がひとたび始まれば、攻撃が中途で停止される可能性は現実には存在せず、「限定的な核戦争」などありえないと結論した。

 

 慰霊碑と原爆ドームを背に誠意にみちたスピーチをしたオバマ大統領の胸中に、「核兵器のない世界」の実現が一向に進展しないことへの忸怩たる思いがあったのではないか。

ノーベル平和賞受賞後、世界の人々の期待に応え、世界の核の大部分を持つ米・ロの新戦略「核削減条約」(新START)を発効させたものの、米ロ間には、ウクライナ情勢での関係悪化や欧州に配備するミサイル防衛(MD)をめぐる対立が深刻で、2国間条約の今後は不透明なままだ。

「アメリカは核兵器を使用した唯一の核保有国として道義的責任があり、核兵器のない、平和で安全な世界を目指すことを誓う」と宣言した〝核超大国〟リーダーのオバマ大統領にとって、「ヒロシマ訪問」は、8年前のアピールを再び世界の人びとに訴える、またとない機会となったのではないか。

「核兵器のない世界」の実現をめぐる国際社会の動きには二つの流れ、「核拡散防止条約」(NPT)と「核兵器禁止条約」(NWC)がある。

 前者は、核兵器保有を国連安保理常任理事5ケ国(米、ロ、英、仏、中)に限りそれ以外の国への拡散を防ぐのが主な目的。後者は、国際NGOが提唱した構想で、核保有国を含めたすべての国の核兵器の保有や使用などを禁止し、「完全な廃絶」をめざすというもの。

 オバマ大統領の「ヒロシマ訪問」発表時、スイス・ジュネーブの国連で、核兵器の禁止をめざす具体的な議論が作業部会で開かれていたが、NPTの膠着化状況に業を煮やしたNWC加盟各国(非核保有国)の代表や日本人関係者のコメントは、

「オバマ大統領のプラハ演説に賛同して、核兵器廃絶が可能なことを主張し続けるべきだ」(ジャマイカ)

「核保有国が参加していないのは遺憾だ。対話に参加しないのならば、彼ら抜きで核兵器の法的禁止を進めるべきだ」(メキシコ)「核兵器の使用禁止だけでは不十分だ。保有も禁止すべきだ」(オーストリア)

「我が国の周辺は核兵器の脅威を経験している。これ以上、核兵器による犠牲者を出してはならない」

(パラオ)

広島で被曝したサーロー・節子さんは、「私たち被曝者はオバマ大統領のプラハの演説に心を動かされたが、道義的責任やリーダーシップはどこにいったのか」。ICAN国際運営委員の川崎哲さんは、「核兵器の全面禁止条約が必要だ。(核兵器を)もっている国が核軍縮をしっかりやらなくても罰則もない。核軍縮のペースはとても遅く、核兵器がない世界には至らないだろう」とNPTのもどかしさを述べた。

川崎さんはNGOで核兵器廃絶に20年近く取り組んできた人で、オバマ大統領が、「ヒロシマ訪問」を契機として、任期中に、核軍縮の具体的措置をとることを強く求めていた。

 これらは、NHK( BS1)「『核兵器のない世界』は実現できるか」で紹介されたコメントだが、日本の軍縮大使・佐野利男氏は、「核軍縮について話し合うには、北東アジアの安全保障環境を考慮しなければならない」と段階的削減を主張して、即時禁止に慎重な国も少なくなかった。

 2014年に開催された『核兵器の人道的影響に関する国際会議』での佐野氏は、「核兵器の爆発時には、対応できないほどの悲惨な結果を招く」との見方について、「悲観的過ぎる。少し前向きにみてほしい」と発言し、反核団体などから、「核爆発の影響が壊滅的なことは日本が一番よく知っているはず」と疑問の声が上がり、議長総括で、「核爆発が起これば、国際社会が対応でいないほどの悲惨な結果を招く」となった。

 唯一の被曝国日本の軍縮大使の発言に、オランダのNGO「PAX」のスージー・スナイダーさん(当時38)は、「核兵器を使用された場合を前向きに考えるなんてできない。使用を認めることになる」と反発。中村桂子さん(長崎大准教授 核兵器廃絶研究センター 当時)は、「オスロ、メキシコでの国際会議で積み上げた前提をひっくり返している。本心で言っているとしたら、被曝の実相を理解していないということになる」と話している。

 2015年の国連総会決議『核兵器のない世界のための倫理的義務』の「核兵器に関する議論、決定、行動は、核兵器が引き起こす筆舌に尽くしがたい苦しみと容認できない被害から導かれるべきだ」が、国際世論の多数となっている。

 オバマ大統領が、〝核ミサイル発射ボタン〟携行のジレンマを抱えながら、「1945年8月6日の朝の記憶を薄れさせてはなりません。その記憶は、私たちが自己満足と戦うことを可能にします。それは私たちの道徳的な想像力を刺激し、変化を可能にします」と訴えた誠意を受けとめ、任期内だけでなく退任後も、「核兵器のない世界の実現」に〝勇気ある行動〟を続けてほしいと願うばかりだ。

 私たちは、オバマ大統領の「ヒロシマ訪問」実現に尽力した関係者(岸田外務大臣、ケリー国務長官、ケネディ駐日大使ほか)を含め、〝唯一の被爆国〟の国民として、「NPT」と「NWC」の〝架け橋〟になる行動を求められている。 

                                                                (6月7日)


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2016/06/09 02:13 2016/06/09 02:13

文ちゃんがツブヤク!

                       2016年4月18日(月)

 

続・米国大統領予備選挙と日本の行方

 

 前稿に記した民主・共和2大政党制の下の歴代大統領による政策の推移には、フランクリン・ルーズベルト以来のニューディール体制で民主党が優位の時代から、60年代の共和党ゴールドウォーターの保守的政策への転換と、80年に大統領に就任したレーガンの「保守革命」(小さな政府と自由貿易を基調とする共和党政策の確立)の2大潮流がある。

 日本の高度経済成長を推し進めた歴代保守政権は、「レーガノミクス」と「新自由主義」をなぞる政策で、今日の「アベノミクス」に至る。

 トランプ氏は、「日本が不公正な貿易をやっている」とか「日本は安全保障にただのりしている」など、米日貿易や米日同盟についてネガティブで過激な発言を繰返しているが、日本の経済発展が米国にとって脅威だった80年代のイメージが残っているのでは、と揶揄されている。

 米大統領選の共和党候補者指名争いで一時は優勢とされた勢いに陰りが生じているが、危機感をつのらせる主流派は、巻き返しができるのだろうか。

「共和党指導部は、大企業のことや規制緩和、自由貿易推進のことしか考えていない」「連中はみんなのために働いていない」と、主流派と極右的なティーパーティ(茶会)との間に生じた亀裂につけ込んだキャンペーンで、共和党で不満を抱く人たちの怒りの炎に油を注ぎ、さらに、支持者の白人貧困層に向けて大きな政府を思わせる社会保障政策や自由貿易反対をさえ唱えている。

 民主党候補者の一人サンダース氏は、優勢だったクリントン氏を追って7連勝したが、政策的に水と油の関係の共和・民主両党候補者が、社会民主主義的な政策を掲げていること自体に、アメリカ社会の混乱と変容の兆しを垣間見る思いがする。

ともあれ共和党は、移民・経済政策などの大きな政策で変革的な対応を迫られるにちがいない。

思えば、80年代の日米経済摩擦を機に、85年の「プラザ合意」による日米間の政策協調として、日本の経済政策に米国の意向が強く反映されるようになったのは、米国の顕著な対日貿易赤字への対応で、実質的に円高ドル安に誘導するものだった。

 ニューディール以降の米国経済政策には、不況時に政府が積極的財政・金融政策を導入するケインズ主義と大規模な自由競争こそが経済を成長させるとする市場中心主義があり、80年代以降は、後者が圧倒的だった。

 また、70年代のスタグフレーションを契機に、物価上昇を抑える金融経済政策の重視が世界規模で生じ、レーガノミクスに代表される市場原理主義に回帰した自己責任が基本の小さな政府による、福祉・公共サービスの縮小/公営事業の民営化/経済の対外開放/規制緩和による競争促進/労働者保護の廃止などの経済政策が進められた。

 高度経済成長期の経済体制に続いて「競争志向」を正当化する市場原理主義が主導する資本主義経済は、国家による富の再配分を主張する社会民主主義(EU諸国に多い)や国家が資本主義経済を直接に管理する開発主義の経済政策と対立するものだ。

 90年代には、米国発の構造改革要求によって、わがもの顔で世界を跳梁する金融グローバリズムに巻き込まれていった。

 小泉内閣(2001~2006年)の経済政策はまさにアメリカの要求に応じた優等生的なもので、ブッシュ大統領は自分の農場に招待してファーストネームで呼び合う歓迎ぶりだった。

「聖域なき構造改革」「小泉構造改革」と呼称されたその発想は竹中平蔵氏ら新自由主義経済派の小さな政府論に基づき、郵政事業・道路関係4公団の民営化や政府による公共サービスの民営化など「官から民」「中央から地方へ」の改革を柱とした。

「構造改革」の理念は第2次大戦後に生まれ、議会制民主主義の下で政治・経済体制などの基本構造を根本的に変更して社会問題を解決するという大規模な社会改革を目指し、EU諸国に取り入れられたが、「小泉改革」では、潜在GDPを拡大するために、供給側を重視した生産性を高める政策として狭義に捉え、資源配分の効率性を高める各種の制度(公的企業の民営化/政府規制の緩和/貿易制限の撤廃/独占企業の分割による競争促進)の改革をめざした。

 それによって、一国経済の資本・労働の生産資源配分が適正化され、既存の生産資源の下でより効率的な生産を達成し、潜在GDP/潜在成長率が上昇するとしたのである。

 金融グローバリズムは米国の投機的資本に大きな利益をもたらし、市場中心主義のグローバル競争は激しいコスト競争でデフレをもたらしたとされる。 

このグローバル経済路線は私たちを幸せにするどころか、生活と社会を不安定にしてはいないか。

 先月、3人の米国経済学者が招かれ、首相官邸で意見陳述をしたと報じられたが、「アベノミクス」が思わしくない状況下の安倍首相のパフォーマンスに、賛否の論評が寄せられた。

 グローバル経済時代にアメリカの著名な経済学者の意見を聞くのは、日本の学者の大半がその受け売りをしているのだから結構だとするもの、どうせ、「アベノミクス」の正しさを証言してもらい、いずれ議論になる消費税増税に米国経済学者のお墨付きを得て財務省やマスコミを封じ込める魂胆だとするもの等々である。

 前稿に記した「コーポラティズム」は、不適切に政治と癒着した多国籍企業が押し進めるグローバル市場が世界経済を不安定化し「1%」対「99%」の深刻な格差社会を生み出しているのではないか。

 招かれた3人は、ケインズ主義に近いとされるが、この人たちは、膨大な財政・金融の組合わせで景気を浮上させようとして、それほど成果をあげていない「アベノミクス」と日本の経済政策に何を提言してくれたのか。

 安倍政権が「成長戦略の切り札」として今国会の会期内成立をめざすTPP承認案と関連法案が審議入りしたが、共和・民主両党の大統領有力候補者が否定的で、他の参加国にも見直し機運が生じている中、国会の論戦の行方を見守りたい。

 

 米国大統領予備選挙の動向と行方は、世界の政治・経済政策に大きな影響力をもつが、大切なことは、アメリカの様子見で従属的な政策路線をとるのではなく、国民の声に耳を傾け、「この国のかたち」をしっかり構想した上で、重要政策の策定・提案・実現に取り組むことであろう。

 6人に1人の子供が貧困というわが国の経済格差状況とトランプ氏を支持するアメリカの格差社会の底辺階層の状況をみるにつけても、経済的貧困層の教育格差の固定化が、進学・就職・安定所得の機会の不平等を生み、その不満・鬱屈が社会を不安定にする悪循環を断つ政治・経済政策が求められている。

 来日した南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領は、人類社会の格差拡大について、「次々の規制を撤廃した新自由主義経済のせいだ。市場経済は放っておくと富をますます集中させる。格差など社会に生まれた問題を解決するために、政治が介入して公正な社会をめざすのが政治の役割というものだ。国家は社会の強者から富を受け取り、弱者に再配分をする義務がある」

「怖いのは、グローバル化が進み、世界に残酷な競争が広がっていることだ。すべてを市場とビジネスが決めて政治の知恵が及ばない。まるで、頭脳のない怪物のようなものだ。これはまずい」

 米国発の金融資本や多国籍企業の「コーポラティズム」は、世界中の資源・労働力・環境をわがもの顔で収奪し、「1%」対「99%」の経済格差社会をつくりつつあるが、そのどう猛さと冷酷さを覆い隠しているのは、グローバリズム(米国流の押付け)が掲げる「自由と民主主義」の偽善的な錦の御旗だ。

「民主主義」についてムヒカ氏が語ったのは、「貴族社会や封建社会に抗議し、生まれによる違いをなくした制度が民主主義だった。その原点は、私たち人間は、基本的に平等だという理念だったはずだ。今の世界を見回してごらん。まるで王様のように振舞う大統領や、お前は王子様かという政治家がたくさんいる」

「私たち政治家は、世の中の大半の国民と同じ程度の暮らしを送るべきなんだ。一部の特権層のような暮らしをし、自らの利益のために政治を動かし始めたら、人々は政治への信頼を失ってしまう」

「ドイツやスイスでも政治に不満を持つ多くの若者に出会った。市場主義に流される人生はいやだという、たっぷり教育を受けた世代だった。米国でも、大学にはトランプ氏と正反対の開放的で寛大な多くの学生がいる。いま希望を感じるのは彼らだね。貧乏人の意味ではなく、知性で世界を変えていこうという若者たちだ」

 ムヒカ氏は、2012年にブラジルの国連会議での演説を絵本にした日本の出版社などの招きで来日したが、「世界で一番貧しい大統領」との称号については、

「みんな誤解しているね。私が思う『貧しい人』とは、限りない欲望を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ。でも私は少しのモノで満足して生きている。質素なだけで、貧しくはない」

「モノを買うとき、人はカネで買っているように思うだろう。でも違うんだ。そのカネを稼ぐために働いた、人生という時間で買っているんだよ。生きていくには働かないといけない。でも働くだけの人生でもいけない。ちゃんと生きることが大切なんだ。たくさん買い物をした引き換えに、人生の残り時間がなくなってしまっては元も子もないだろう。簡素に生きていれば、人は自由なんだよ」

「このまま大量消費と資源の浪費を続け、自然を攻撃していては地球がもたない。生き方から変えていこう、と言いたかったんだ。簡素な生き方は、日本人にも響くんだと思う。子どものころ、近所に日本からの農業移民がたくさんいてね。みんな勤勉で、わずかな持ち物でも満ち足りて暮らしていた。いまの日本人も同じかどうか知らないが」

 60~70年代のムヒカ氏は都市ゲリラ「トゥパマロス」のメンバーとなって武装闘争に携わり、投獄4回、脱獄2回。銃撃戦で6発撃たれて重傷を負ったこともあり、軍事政権下で長く投獄された。

平等な社会を夢見てゲリラになったが、14年の独房で眠る夜、マット1枚があるだけで満ち足り、質素に生きていけるようになったのはこの経験からという。「人はよりよい世界をつくることができる」という希望がなかったら、今はないとも。

 氏の凄まじい経験から得た信念に、「暴力で世の中は変えられない」「憎しみからはなにも生まれない」「人間の文化を変えないとなにも変わらない」との箴言が生まれた。

 ムヒカ氏によると、「経済」とは、不足している財をいかに分配するかであり、前稿の末尾に記した、トマ・ピケティ氏の論文『富の再配分について』に通じる経済哲学だ。

「パナマ文書」で関与が指摘された主な各国の政治指導者を彷彿とさせる王様・王子様気取りの政治家への言葉は厳しい。

 敗戦後の灰燼から立ち上がった私たちは世界第2の経済大国となり、憧れたアメリカ文化の物質的な豊かさを享受したが、引き換えに失ったものも少なくない。

 欲望のあくなき充足を求めて我武者羅に競争社会を生きる中でバブルがはじけ、日本経済を追い抜いた中国も同じ轍をなぞっており、インドなど新興国がつづく。

 ムヒカ氏は、「いまの日本人も同じかどうか知らないが」と言ったが、これからの日本を託す政治家を選ぶ夏の選挙で、18、19歳の若い有権者がどのような選択をするか。

「中庸を重んじ」「足るを知る」生き方が「幸せ」な社会と人生をもたらすという古今東西の「人智」に目覚める若者が決して少なくない日本に期待する。

 米国大統領予備選挙をきっかけにした米国社会の混乱ぶりと、社会の諸矛盾に気づき始めた民衆を国家権力で抑圧するような中国政府を「他山の石」とし、日本人の「和」と「おもてなし」のこころで、国際社会・近隣諸国との平和友好親善に努めることこそが、いま一番大切なことではなかろうか。

「特定秘密保護法」「安保関連法(集団自衛権発動)」を立憲主義を否定するやり方で押し通した安倍政権が長く続く日本に、明るい未来はない。

                    (了)


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2016/04/25 01:04 2016/04/25 01:04

文ちゃんがツブヤク!    

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米国大統領予備選挙と日本の行方

 

 4年毎の大統領選挙は、2大政党制の民主・共和両党がそれぞれの候補者指名準備にかかり、州毎に予備選挙または党員集会を開催し、投票で選ばれた両党候補者が大統領選挙の2大有力候補者となり、当選したいずれかが大統領になる。

民主・共和2大政党制の大統領選挙は、第14代大統領フランクリン・ピアース(1852年)から今日まで続き、共和党から17人(リンカーン、セオドア・ルーズベルト、タフト、フーヴァー、アイゼンハワー、ニクソン、レーガン、ブッシュ・父、ブッシュ・子ら)民主党から13名(ウイルソン、フランクリン・ルーズベルト、トルーマン、ケネディ、ジョンソン、カーター、クリントン、オバマら)。

 これらの歴代大統領はいわゆる「WAPS」(白人エリート)だが、黒人オバマ大統領への「チェンジ」は、米国のみならず世界の新しい“夜明け”を印象づけた。

 初代のジョージ・ワシントン(無所属)、第2代のジョン・アダムズ(連邦党)、第3~6代(民主共和党)を経て民主党と共和党に分かれた。両党は、国内・国際情勢の時代的変化に呼応した政策の違いから150余年を経て今日に至る。

現在の共和党は、保守主義・キリスト教の立場で小さな政府を求め、国益尊重で力による秩序と強力な同盟関係による安全保障政策を基本に、国際連合にはネガティブ。内政面では、人口妊娠中絶禁止、死刑制度存続、家族制度重視、不法移民反対、銃規制反対など伝統的な保守思想が特徴の政党である。

一方の民主党は、一般的にリベラルな立場で大きな政府を容認し、労働団体やマイノリティの支持が多い。中絶完全自由化、死刑廃止、不法移民容認、労組重視、同性愛容認、宗教多様性容認などが特徴のリベラル思想の政党とされる。 

 

今回の米国大統領予備選挙の狂騒的様相が世界の耳目を集めているが、「自由と民主主義」の旗を掲げ、世界をリードしてきたアメリカ社会の驚くべき変貌を見せつけられている観を否めない。

 米国民を騒動に巻き込んでいる今回の予備選挙の立役者はなんといってもドナルド・トランプ氏で、二番手は民主党でヒラリー・クリントン氏と競っているバーニー・サンダーズ氏である。

 国内外で〈びっくり・ポン〉のトランプ氏の言動や為人(ひととなり)に、思いがけない多数支持がある「アメリカ」は、一体どうなりつつあるのか。

知性と教養の欠如を疑われる罵詈雑言の言いたい放題に拍手喝さいする白人の支持者には、信じ難いほどの格差社会アメリカの下層労働者や教育を受けていない若者が多いとされるが、エリート支配者の「WAPS」に反感をもつ人たちも,少なくないと思われる。

 主要メディアは一様にトランプ氏に否定的な反応を見せ、「ヒトラーと同じデマゴーグ。自画自賛が激しく傲慢。詭弁を弄して民衆支持を集めている」(ニューズウイーク)/「経験もなく、安全保障や世界貿易について学習する興味もない」(ニューヨーク・タイムズ)/「トランプ支持を見直さなければ,得体のしれないものに真っ逆さまに飛び込むことになるだろう」(ウオール・ストリート・ジャーナル)/「トランプの千百万人の不法移民強制送還の発言は、スターリン政権かポル・ポト政権以来のスケールの強制措置」(ワシントン・ポスト)などの報道や社説を掲載。

 読売新聞(世界最大発行部数の日刊紙)は、社説(3月3日)で、トランプを支持する動きを「反知性主義」とし、「偉大な米国を取り戻す」「中国・日本を打ち負かす」などの発言や単純なスローガンは、危うい大衆扇動そのものだと評した。

 朝日新聞は、「トランプ氏は、米国と世界を覆う難題への冷静な取り組みではなく、むしろ、米国内外の社会の分断をあおる言動を重ねている」「大衆への訴え方が扇動的で、自由主義の旗手を自負する大国のリーダーに相応しくない」とし、さらに「米国は着実に白人が減り、中南米系とアジア系が増えているのだから、人種的意識があるならば時代錯誤」と書いている。

「WAPS」のルーツ英国はトランプ氏の入国拒否の挙に出、EU諸国には、トランプ氏が大統領に選出されることを憂慮する表明もあった。一笑に付されてしかるべき人物が大統領候補として勢いを増している状況への焦燥であろう。

 

 方や民主党では、本命ヒラリー・クリントン氏の対抗馬として登場したサンダース氏がかなり過激な政策を打ち出し、予想以上の追いあげをみせている。

 ポーランド系ユダヤ人移民の息子(1941年生れ・74歳)は、1964年にシカゴ大学で政治学の学位を取得し、イスラエルのキブツで過ごして、彼独自の政治的見解を形成したという。

 人種隔離政策に反対して逮捕されたこともあり、アメリカ社会党・社会主義青年同盟に所属し、民主社会主義者としての活動を始め、合衆国上院で初の社会主義者議員となった。

 2010年12月、ブッシュ政権の減税措置延長をめぐり8時間半に及ぶフィリバスター(通常はシエクスピアや合衆国憲法を意味もなく朗読)を行ったサンダース氏は、減税措置をはじめとして、行き過ぎた自由市場主義がもたらす貧富の格差拡大と国内産業の衰退を強く批判した。

このフィリバスターはインターネット上で話題になりその様子はツイッターで中継されたという。

 サンダース氏は、米国が締結したNAFTA(北米自由貿易協定)とTPPについても批判的で、NAFTAでは、企業が米国内での生産をやめて、海外の賃金が低い国へ仕事を移した結果、労働者階級の家庭の大きな痛手となり、2001年から約6万もの工場が海外へ移転して、ビル・クリントンのNAFTAによる2年間で20万人の雇用創出の計画は、現実には、約68万人の雇用喪失になったと批判した。

 TPPについてはその実質は究極の構造改革で、大企業やウオール街のためにはなるが、労働者階級には厳しい協定で、企業が従業員の賃金を下げやすく、アメリカの雇用を海外移転しやすくなるとし、ジェネリック医薬品へのアクセスの阻害で、貧しい国の薬価が上昇したり、消費者・環境の安全基準を下げることで気候変動への対処が困難になるおそれがあるとしている。 

 米国初の社会民主主義者・大統領候補サンダース氏は、リーマンショックで世界に経済危機と混乱をもたらしたような「巨大銀行」は存在してはならないとの、極めて刺激的で革命的な提言をもしている。

 

 国内外のマスコミが報じる米国大統領予備選挙のバカげた様相からは、グローバリズムを押し立てて世界の警察官を自任してきた「一強アメリカ」は存在感の低下どころか、かなりオカシクなっていると感じざるをえない。

 トランプ氏の排他・閉鎖的な発言が、古い考えの白人農民や仕事をラティーノ(ヒスパニック)に奪われている低所得労働者に大いに受け、資本主義のメッカ米国で「社会民主主義者」を標榜するサンダース氏への支持率が、「WAPS」の優等生・ヒラリー・クリントン氏に迫ったのは、リーマンショックによる金融危機で米国民の所得格差が驚異的に拡大したことに主要因があるのではないか。

 FRBが公表した調査(2014年)によると、金融危機で米国の富裕層とその他の所得層の拡大は上位3%の富裕層が所得全体に占める割合が30・5%に上昇し、家計純資産の保有状況の格差はさらに拡大して、3%が占める割合は、54・4%となっている。

9・11の報復でイラク侵攻を断行したブッシュ政権は膨大な軍事費を使う一方で、レーガン政権の新自由主義経済を引き継ぎ、自由市場経済こそが繁栄をもたらすと、「小さい政府」をめざす規制緩和を進め、教育、災害、軍隊、諜報機関等の国家機能次々に市場化したが、錯誤の戦争の長期化への批判とリーマンショックにみた新自由主義への不信感から、2008年、「チェンジ」を掲げたオバマ大統領への政権交代となった。

 だが、政府主導で経済再建を目指す民主党の「大きな政府」にもかかわらず、二極化は加速してきた。

 株価や雇用は回復しても貧困は拡大を続け、医療、教育、年金、食の安全、社会保障などの国家による最低限の基本サービス提供が行き届かなくなったのはなぜなのか。

 敗戦後の私たちが憧れた「善きアメリカ」を支えていたミドル、努力すれば報われる「アメリカン・ドリーム」は、どうなったのか。

 この度の大統領予備選挙の共和党・トランプ氏と民主党・サンダース氏の登場をやや唐突に感じたが、『(株)貧困大国アメリカ』の著者・堤 未果さんによれば、過去30年かかって変質した今のアメリカの実体経済についての疑問には、民主党が批判した「ブッシュの新自由主義」と共和党が批判する「オバマの社会主義」の二項対立的な構図では、答えが出せないという。

 アメリカの実体経済は世界各地で起きている事象の縮図で、いまの世界で進行しているのは、新自由主義や社会主義を超えたポスト資本主義の新しい枠組み「コープラティズム」(政治と企業の癒着主義)だと指摘する。(以下は著書あとがきからの引用)

グローバリゼイションと技術革命によって、世界中の企業は国境を越えて拡大するようになった。

価格競争の中で効率化が進み、株主、経営者、仕入先、生産者、販売先、労働力、特許、消費者、税金対策用本社機能にいたるまで、あらゆるものが多国籍化してゆく。流動化した雇用が途上国の人件費を上げ、先進国の賃金は下降して南北格差が縮小。その結果、無国籍化した顔のない「1%」とその他の「99%」という二極化が、いま世界中にひろがっているのだ。

巨大化して法の縛りが邪魔になった多国籍企業は、やがて効率化と拝金主義を公共に持ち込み、国民の税金である公的予算を民間企業に移譲する新しい形態へと進化した。ロビイスト集団が、クライアントである食産複合体、医産複合体、軍産複合体、刑産複合体、教産複合体、石油、メディア、金融などの業界代理として政府関係者に働きかけ、献金や天下りと引きかえに、企業寄りの法改正で、〝障害〟を取り除いてゆく。

 コーポラティズムの最大の特徴は、国民の主権が 軍事力や暴力ではなく、不適切な形で政治と癒着した企業群によって合法的に奪われることだろう。

この「コーポラティズム」はまさに、『アラブと私』の「横道」で紹介した『エコノミック・ヒットマン』の「コーポレイトクラシー」(ジョン・パーキンスが自らの関与を告白)が進化したものではないか。

「コーポレイトクラシー」は、企業・銀行・政府の集合体(個々の組織を管理する人たちは本来、邪悪な存在ではないし、コーポレイトクラシーの一員である必要はない)で、経済的・政治的な力を利用して、グローバルな「経済発展」の名目の下に、各地の資源・環境を略奪し、労働力を搾取し、自由貿易協定を推進する活動体であり、その正当性を、教育・産業・メディアが連携して啓蒙と認知普及に努めているのが、世界各地で起きている事象なのだ。

 

 今日(3月11日)のテレビには、トランプ氏の説集会場で、反対デモや報道陣に暴力をふるった支持者に、「よくやった。当然のことをしただけだ。

デモの連中はママのところへ帰れ」と叫ぶトランプ氏の紅潮した顔が映さ出された。共和党幹部や党員のなかにも、トランプ氏の言動に批判が高まっているが、勢いはなかなか衰えない。

 共和党の最終候補が誰になるかともかくとして、民主党は〝漁夫の利〟の立場。ヒラリー氏が前述の米国〝実体経済〟の変革にどう取り組むかは分からないが、米国民は、高齢の社会民主主義者よりも、初の女性大統領を選ぶのではなかろうか。

 第2次安倍内閣の所信表明演説(2013年2月)で安倍晋三首相は、「世界で一番企業が活躍しやすい国をめざします」と高らかに述べた。

 もし、グローバルに増殖する「コーポラティズムの先導役を買って出て、無国籍化した顔のない「1%」に日本企業を参加させる魂胆であるなら、日本国民は、サンダーズ氏が警告している「99%」に組み込まれる惧れもあるだろう。

 トマ・ピケティ氏の論文『富の再配分についての考察』に、政府・国民共々に学ぼうではないか。

                                      

(続く)


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2016/04/09 18:54 2016/04/09 18:54


文ちゃんがツブヤク!

続「安保法制成立」と日本の行方

                           2015年11月12日

               

 この稿の二つ前、『続「安保法制」反対の高まり』の末尾に、次のように書いた。

 「祈念式典に参加した朴槿恵韓国大統領の外交土産とされる日中韓首脳会談開催を、今後の北東アジアの安定に有意なものにできるかどうか、安倍政権の近隣外交の行方を見守りたい」。 
 そして今回のソウル青瓦台での3首脳会談だった。

 帰国した2日夜のBSフジ「プライムニュース」出演の安倍首相の談話(約1時間)を視聴したが、日中韓首脳会談の再定例化(年1回開催)の同意、日中韓自由貿易協定(FTT)の交渉加速などの確認、歴史問題では歴史を直視して未来に向かうことで一致し、これらを盛り込んだ共同宣言を取りまとめて発表したと語った。

 約3年半ぶりの会談は、3カ国外相らも同席して約1時間半行われたが、前半は、ごく少数の顔ぶれで、お互いに忌憚のない主張を述べ合ったという。

 視聴者の関心事である李克強首相と朴槿恵大統領の発言内容について、インタビュアーの反町さんはいつもの調子で率直な質問をぶつけたが、安倍首相は、いつになく慎重な応対で言明を避けた。歴史問題で日本と中韓のスタンスに依然、すれ違いはあったようだが、「3カ国による協力プロセスを正常化させたことは大きな成果だ」と会談開催の意義を強調していた。中韓2首脳の発言内容に触れることを避ける首相の応答に「70年談話」の部分的繰り返しが目立ったが、一定の成果を得たある種のゆとりの表情があった。

 「70年談話」についての安倍陣営内外の毀誉褒貶(各方面への妥協の産物のあいまいさ)の論評はともかく、懸念された中韓の反発を招かなかったことにオバマ大統領もホッとしただろうと、前々稿で書いた。

 ウクライナ・シリア内戦の深刻な情勢悪化のなか、アジアの不安定化を懸念するオバマ大統領の要請もあった3首脳会談だが、「積極的平和主義」を標榜する安倍政権が開催イニシャティブをとらなかったのは、安保法制の国会審議でのぞかせた中国仮想敵国視のスタンスからか、米国のお墨付きなしには動けない従属国的な日本だからなのか。

 ともあれ、「歴代内閣の立場はゆるぎないものとした上で、戦後70年の平和国家としての歩みを基礎に、国際社会の平和と繁栄に一層貢献することを約束した」と説明した安倍首相が、「特定の過去ばかりに焦点を当てる姿勢は生産的でない。日中韓協力の前向きな歴史をさらに紡ぎたい」と訴えたのに対して、朴大統領と李首相から具体的発言はなく、慰安婦問題については、3首脳いずれも言及しなかったという。

 共同記者会見での朴大統領は、「歴史を直視し、未来に向かって進むという精神を土台として、地域の平和と安全を実現するために努力していくことにした」と説明し、李首相は、「皆さまのご存知のような原因があり、3カ国の協力にはいろいろな妨害が発生した」などと語り、歴史認識問題をめぐる日本の対応を暗に批判したと報じられた。

 いろいろな妨害には、石原慎太郎元東京都知事の「尖閣諸島買い上げ発言」と民主党の野田元首相による国有化や安倍首相の靖国参拝等を指すのだろうが、日本側には中国政府による反日的愛国心の高揚や一連の強硬な海洋進出行動への嫌悪・警戒感があった。

 3首脳会談とは別にソウル市内で約1時間会談した日中両首相は、「日中関係は、改善の方向にあり、この勢いをさらに進めていくことが必要」との認識で一致し、外相相互訪問の再開、日中ハイレベル経済対話の来年早期の開催、東シナ海の資源開発協議の再開などでも一致をみた。

 日中関係改善の方向性では、互いに前向きな政策をとる/過去の合意に基づき懸案に対処していく/「協力のパートナーとして互いに脅威とならない」との2008年合意を政策に移す/経済等各分野の交流と協力を強化する、の4点を確認したとしている。

 李首相は会談の冒頭で、「歴史を鏡にして、未来に向かう精神に従って、中日の政治関係に存在する敏感な問題を善処していく必要がある」と述べたとされる。

 報じられた3首脳会談の「共同宣言骨子」は、

・歴史を直視し、未来に向かうとの精神の下、関連する諸課題に適切に対処する。

・日中韓サミットの定期的な開催を再確認。

・日中韓自由貿易協定(FTA)交渉加速に向け、一層努力。

・人的交流の規模を2020年までに3千万人まで に増大させるよう努力。

・国連気候変動会議(COP    21)で、全ての締約 国に適用される合意に向けて協力。

・朝鮮半島における核兵器開発に関連する国連安保理決議等が忠実に実施されるべきとの認識を共有。

である

 3カ国首脳会議は2008年から毎年開かれていたが、2012年12月26日の第2次安倍内閣発足後の日中、日韓関係の悪化に伴い、2012年を最後に中断していた。安倍首相の「戦後レジームからの脱却」宣言や、「極右はしゃぎすぎ内閣」と揶揄された政権取り巻きや女性党役員・閣僚などの言動に日本の右傾化への警戒感が欧米に高まり、特別秘密保護法制定・集団自衛権行使実現を矢継ぎ早に急ぐ政権に対して、中韓のみならずアジア諸国全体に、歴史修正主義的な様相をみせる安倍政権への不信感が広がった。

 ある「談話会」(昭和56年からの月例会は今月で353回。古今東西の歴史・文化・宗教・社会等の森羅万象を話題にワイドレンジな見解・質疑が飛び交うユニークな場)で紹介された太平洋戦争史観の概要を、参考までに転記させていただく。

 

 日本は第2次世界大戦において昭和16年12月にアメリカ、イギリス、オランダに対して開戦したが、はたして日本が加害者で、米、英、蘭の3か国とその植民地支配を被っていたアジア地域が被害者だったといえるのだろうか。

 あの戦争を導いた歴史を公平に検証すれば、アメリカが日本に対し仕掛けた戦争であった。

 今日、日本国民の多くが、先の対米戦争は日本が仕掛けた無謀な戦争だったと信じ込まされている。だが、事実が全く違う。アメリカは日本が真珠湾を攻撃するかなり前から、日本と戦って、日本を屈服させ、日本を無力化することに決定していた。

 日本は12月8日、真珠湾に停泊していたアメリカ太平洋艦隊を奇襲したが、日本政府と軍部はその直前まで日米戦争を回避しようとして真剣に努力していた。日本政府は当然のように、アメリカも日本と同じように平和を望んでおり、緊迫しつつあった両国関係の緩和を望んでいると考えていた。そしてアメリカも日本と同じように、誠があると思い込んでいた。それがとんでもない間違いと気づくのはずっと後のことだった。 

 日本は罠を仕掛けられたのだった。ルーズベルト政権による陰謀にはめられ、断崖絶壁まで追いつめられて、やむにやまれず開戦に踏み切ったのだった。我が国はアメリカが、日本の方からアメリカに戦争を仕掛けてくるように企んでいたのに気付かずに、政府と軍を上げて一人芝居を演じていた。

 ルーズベルト大統領は日露戦争までは日本に好意を抱いていたが、日本がロシアに勝つと、日本を、アメリカがアジア太平洋において持っていたフイリッピン、グアム、ハワイなどの領土や、中国大陸にあるアメリカの権益に対する新たな脅威と見做すようになった。開戦が迫った段階で、ルーズベルト大統領は日米首脳会談を行う前提として日本が提示した合意条件では不十分であり、そこまでいくには原則的な合意が必要であるとして、さまざまな難題をつきつけてきたために、トップ会談はなかなか実現しなかった。ルーズベルト大統領は、日本と戦うことを決めていたので日米交渉が妥結することを望んでいなかった。日本をアヤしていたのだった。

 

 筆者には、この開戦経緯の主張はどこか「ひかれ者の小唄」のように思えるが、欧米列強によるアジア侵出と植民地支配に対抗し、「大東亜共栄圏構想」を錦の御旗に掲げた日本も、中国大陸や東南アジア諸国にとっては遅れてやってきた侵略者であり、軍国主義日本はやはり加害者だと言わざるをえないのではないか。(安倍政権支持者の多くは、“自虐的”戦争史観というが・・・)

 周恩来首相が、「わが中国人民と共に、日本国民もあの戦争の被害者です」と田中角栄首相に言ったとアラブの地で知ったが、アラビア湾の朝の魚市場で出会った中国人男性と固い友好の握手を交わしたのは、1972年だった。

 近隣諸国との近代史観で、朝鮮統治や満州国設立をロシアの南下政策の脅威に対抗したものとして、進出した地に建設したインフラ・都市が、結果的には韓中両国の近代化を扶助したのだからむしろ感謝されてもいいと主張する人たちが少なくない。だが、こうした建設事業が近代化の遅れていた朝鮮半島・中国大陸を支援するためだったとするのは、牽強付会のそしりを免れないのではなかろうか。

 日本の侵略行為の償いでもあった経済援助・協力について、両国の若者たちに伝えて欲しいとの想いもあるが、日本の若者たちに、軍国主義日本が犯した非人道的行為についてちゃんと教えることが先だろう。

 同じ会の最近の例会で筆者が『「安保法制成立」と日本の行方』の話題提供(1時間半で、本誌に二度にわたり寄稿した『「安保法制」反対の高まり』を配布資料とした)に対して、一会員からの「集団的自衛権についての私見」が郵送されたので、先の梗概のように了承を得て転記する。

 安倍首相は色々屁理屈を言って説得に懸命でした。その結果、かなり支持率が下がったと思っていたが、50%を切った程度で意外でした。反対派には、集団的自衛権は認められない人達と、ある程度は認めるがそれには憲法改正が先だと言う人達がいる。

 昭和29年、警察予備隊を防衛庁・自衛隊に改組、新発足したが、これは明らかに憲法9条違反だった。

 今年、安倍首相が「わが軍は・・・」と発言して、それを記者が指摘したら、「外国では自衛隊のことを軍隊といっているよ」と言って憚らなかった。本末転倒で真にお粗末である。

 自衛隊新発足は、自由党の絶対多数で可決され憲法違反論議も消えてしまった。その後、自民党以外が政権を取っても、憲法改正も自衛隊廃止も論議されてこなかった。自衛隊発足と60年以上も違憲論議がないことは、憲法無視が常態化した表れだろう。 将に、安倍は解釈改憲によって、この国民性を利用したと思われる。

 私は集団自衛権はある程度必要だと考えている。憲法前文に、「・・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と正存を保持しようと決意した・・・・」とあるが、第2次大戦後の世界を観ても戦争や紛争はどこかで起こっていた。要するに、憲法は他力本願の安全策で実効性がないことが分かったのである。一方で、日米安保条約を結び、日本の安全を確保した。これも矛盾である。

 この安保条約は日本が米国に一方的に守ってもらうと言う片務的であるため、世界的には日本は米国の属国と見られ、公正な判断者とは思われていない。例えば、イラク戦争の時に、日本は米国の要請に直ぐ応じて自衛隊を派遣したが、独・仏は断った。結果的に米国が言う大量破壊兵器は無く、米国の侵略戦争に加担したことになってしまった。この様な状況のために、安保理・常任理事国入りに反対国が多い。従って安保条約は双務的にする必要があるが、米国が世界中に展開しているのに協力する必要はない。お互いに本国に対する防衛に限定すればよい。また、国連安保理が決議した平和維持活動には、自衛隊も参加させるべきであろう。 
 
 この様に、一国平和主義ではなく普通の国として国際貢献することが国際的に評価されることになる。安保条約も米国だけでなく、オーストラリアやカナダなどとも結び、安全の網を広げることが一層の戦争の抑止につながると思う。このような連携を深める中で在日米軍基地を返還させることが出来るであろう。

 この方の意見の大半を共有する筆者だが、日米安保条約の片務性と憲法9条の前文について、私見を述べておきたい。

 敗戦後間もなく締結された日米安保条約が片務的だとすれば、むしろ日本に不利な内容であり、米国に借りがあるから是正するというものでないと考える。

 第2次大戦後に起きた戦争や紛争にもかかわらず日本の安全と生存が守られてきたというが、日本の防衛のために米軍が関わるためには議会承認が必要な条件付きであることを知らない人が少なくない。沖縄の深刻な状況下の在日米軍基地は冷戦時代の米軍が朝鮮・ベトナム戦争の出撃基地とし、その後も米国の世界戦略上の重要拠点として温存してきたものであって、日本防衛のためではない。膨大な駐留経費の大半近くは日本が負担し、基地要員に治外法権的な特権を与えているなどは、米国側に有利な片務的条約なのである。

 キューバ危機の米ソ「一触即発」は、すれすれで回避されたが、沖縄でも、本国からの誤った命令に疑問を感じた駐留司令官の機転で、核ミサイル発射をしなかった「危機一髪」があったとされる。人為ミスによるすれすれの事態は、核ミサイル保有国に常につきまとうもので、沖縄の核ミサイル(照準は中国へ?)が発射されていたら、沖縄だけでなく本土の米軍基地にミサイルが飛んできた可能性があったのだ。
 
 国民の安全と生存を保持するどころか、国土全体の「ヒロシマ・ナガサキ化」ではないか。

 ロシアのシリア空爆とロシア航空機墜落(「IS」が犯行声明)との因果関係はまだ明らかではないが、集団的自衛権行使で米国の対「IS」作戦に参加する事態になれば、日本の民間航空機がターゲットにされない保証はない。

 集団的自衛権を巡る国会審議の安倍首相説明で繰り返された、日本人婦女子を乗せたアメリカ艦船の護衛やホルムズ海峡の機雷除去の現実性は、いつの間にか首相自ら否定的な応答をしたが、敗戦後の70年間、米国の艦船を日本が守ることを米国が要求したことはなかったのである。
 
 集団的自衛権行使が安倍首相の「70年談話」と国連演説にみるように、国連(改革の必要はあるが、国連憲章の精神と憲法9条は共通理念)を基盤として世界平和構築に寄与するには、軍事力による協力でなく、揺るがない「不戦の誓い」の「憲法9条」を世界の「平和憲章」として提案することこそが、唯一の被爆国であるわが国の独自性ではないか。

「憲法9条の会」がノーベル平和賞候補に挙げられたのは、「憲法9条」が画餅でない証なのだ。

 来年、日本は日中韓3首脳会談の議長国となる。

 南沙諸島の埋め立てに伴う領海の主権を主張する中国とその地域に既得権益をもつ米国の間に緊張が生じ、日米艦船の合同訓練・パトロールが計画されている。アセアン諸国の対応は経済的利害や政治的思惑から一枚岩ではなく、米国に同調するのは日本のほか、フィリピン・ベトナムとされる。そうした状況のなかで、習近平国家主席がベトナムを訪問し、中谷防衛相がベトナム米軍基地への日本艦船寄港の打診を行った。
 
 国際条約の「公海」の定義遵守で日米が同調するのはよいとしても、安倍政権支持の右翼的な人たちの不用意な言動が、再開した3首脳会談の行方に影を落とすことがあってはならない。

 3首脳会談の「共同宣言骨子」の各項を「画餅」としないため、FTA交渉(TPP大筋合意に中韓の関心は強い)や人的交流の促進に真摯に努め具体的成果を積み上げることで、アジアの近隣諸国に、安倍首相の外交手腕をみせる好機にしてはどうか。

 北東アジアは、世界有数の経済力をもつ地域になりながら、政府間の連携だけが立ち遅れているのだ。エネルギー、災害(自然・人災共)、環境、格差、テロ(サイバー攻撃も含めて)対策など、積極的に協力して取り組むべき課題は山積している。

 この地域の平和と繁栄に、安倍政権の「一挙手・一投足」が大きく関わっている自覚で、日米・日中の友好関係強化に取り組んでもらいたいと願う。


*(記事訂正)

前項で、シリア難民の数字を、国内に千2百万人、国外で4百万人と記したが、国内7百万人、合計千百万人と訂正します。(2015.11.5  記)


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2015/11/16 00:04 2015/11/16 00:04

文ちゃんがツブヤク!

 

「安保法制成立」と日本の行方

                       2015年1012日(月)

 

 

集団的自衛権を行使できるようにする安全保障関連法が可決・成立した。世論調査では反対が賛成を上回り、全国各地で反対デモ・集会が粘り強く催される中、政府与党は反対を押し切り、強行採決もどきの可決だった。

安倍首相の「国民のみなさんの命と暮らしを守る」を耳にタコができるほど聞かされた国民の内閣支持率は第2次安倍内閣の発足後最低の35%(不支持率は45%)。安保関連法案「反対」は51%(「賛成」は30%)で法制成立後も反対が半数を占めた。

 国会での議論が「尽くされていない」は75%、安倍政権が国民の理解を得ようとする努力を「十分にしてこなかった」は74%に上がって、採決の進め方が「よくなかった」は67%で、「よかった」の16%を大きく上回った。

「自由と民主主義の価値観を共有する国々と一緒に手を携えて・・・」を広言してきた安倍晋三首相は、自国民の「自由と民主主義」を踏みにじるやり方で、「憲法違反とされる法制」を我武者羅に成立させた。 日本列島の津々浦々で沸き起こった安保法制反対の国民の切実な声を聴く耳を持たない安倍政権は、一体どこへ向かおうとしているのか。

 「安保法制成立」後に発足した第3次安倍内閣の政策の目玉は「一億総活躍社会」の実現だという。この意味曖昧なスローガンを聞いてすぐ脳裏に浮かんだのは、戦争中は耳にタコができるほど聞かされた「進め!一億火の玉だ」「一億玉砕」「一億総特攻」の標語と、敗戦後の「一億総懺悔」だった。

 臆面もなく「一億総活躍社会」を連呼する首相は、戦時を生きた人間にとって、「一億○○○・・・」がいかに思い出したくない標語(スローガン)であるか知らないのだろうか。

 あの無謀な戦争を「聖戦」(現人神天皇のために死を賭して戦うことを強いられた)と信じ、軍国主義国家の国民抑圧と情報統制の下、「打ちてし止まん鬼畜米英」を唱え、挙国一致で献身をした日本国民。老若男女を挙げての「一億総活躍国家」は、まさに悪夢だった。

アジア諸国を植民地帝国主義で侵略する米・英との「聖戦」に疑問を呈し、反対した「不逞の輩」は特高警察に捕まって獄に繋がれ、拷問で獄死した。

安倍首相の祖父岸信介氏はA級戦犯を免れたものの戦時内閣の閣僚で、ポツダム宣言受託後の東久邇内閣が、敗戦後の国民に対しても「承詔必謹」「国体護持」を説き、天皇制維持と「一億総懺悔」を主張し、国民からの戦争責任追及を免れようとしたことを、決して忘れてはならない。

 太平洋戦争開戦の「詔勅」を奉じて「一億総火の玉」となった戦争で310万人の同胞を失い、生き残った国民が直面した敗戦の悲惨と戦後の苦難を、「一億総懺悔」のまやかしですり抜けようとした東久邇内閣は、GHQによる「天皇に対する批判の自由」「戦時中の政治犯釈放」「特高警察の廃止」等の命令が下って、総辞職した。

 ノーベル平和賞の候補リストに挙げられた「憲法九条」をGHQの押し付けとして、「大日本帝国憲法」を復古的に懐かしむ人らを安倍首相の代弁者とみる向きがあるそうだが、うがちすぎてはいないか。

 もしそうだとすると、先の国連総会における安倍総理大臣の「一般討論演説」は虚偽的な発言になる。

(仮訳抜粋)「議長! 来年私たちは国連発足70年を寿ぎます。国連ができたころ、日本は一面の焦土から再起しました。以来片時として、戦争の悲惨を忘れたことはありません。自国、他国を問わず、無辜の民に惨禍を及ぼした戦争の残虐を憎み、平和への誓いを新たにするところから、日本は戦後の歩みを始めました。国連活動への全面的な献身を自らに課す責務としました。

日本の未来は、既往70年の真っすぐな延長上にあります。不戦の誓いこそは日本国民が世々代々、受け継いでいく、育てていくものです」

 安倍首相の支持者の多くは、「憲法九条」や「国連憲章」の内容が「絵に描いたモチ」の理想にすぎず、戦争防止に何ら役に立たないので、憲法を改正して軍備を持つべきとしているが、歴代の保守党政権は国際平和における国連の存在意義と機能を尊重して米国に次ぐ高い国連分担金を拠出してきたが、今回の演説でも、国連憲章の精神を引用し、日本の常任理事国入りを可能にする国連の改革を訴えている。

(仮訳抜粋)「(前略)、70年前、国連は『戦争の惨害から将来の世代を救い』『寛容を実行する』と謳いました。国連もまた、その理想を失ってはならないのです。

議長ならびに各国代表の皆様! まさしくこのような決意をもって、国連が発足70年を祝う明年の選挙で、日本は非常任理事国として再び安全保障理事会に加わりたいと考えています。日本は、80番目の国として国連に列した1956年以来、58年の長きにわたって、国連の大義に自らを捧げて倦むことを知らず、その努力において人後に落ちない国であると確信するものです。節目となるのを機に、我々皆が、志をともにする国々の力をあわせて遂に積年の課題を解き、21世紀の現実に合った姿に国連を改革して、その中で日本は常任理事国となり、ふさわしい役割を担っていきたいと考えています」

 演説の冒頭で、「議長! 人類は、今、かってない深刻な危機に直面しています。今こそ我々は、国連の旗の下に結束すべきです。共にこの危機に立ち向かおうではありませんか。日本は、国際社会と手を携えて、大きな責任を果たす決意です」と、高らかに述べたのと呼応する、まともな演説だった。

 ただ、安倍首相が演説した総会会場の半分以上が空席だったと報じられたのはザンネンだが、習近平氏も同じだったようだ。オバマ大統領やローマ法王の演説で空席は見当たらず、プーチン大統領では大半は埋まっていたそうだから、そのあたりにも、国連創設時の「志」が低迷している状況が見えているのだろうか。

 ところで、国連総会での安倍総理の演説と第3次安倍内閣の政策スローガン「一億総活躍社会の実現」に見え隠れするのは、安倍晋三という人物の独善的ロマンティシズムと誇大妄想的な理想主義ではないかとさえ思われるが、どうだろう。

 経済界が首をかしげている600兆円のGDP目標と政府の上目線からの出生率目標などは、中国政府も顔負けの与党独裁的なもので、円安維持のための金融緩和の国債購入と国の借金増大、株価維持のための市場への年金投入などは、アベノミクスの3本の矢の成果が出ない中で、まかり間違えれば国家の財政破綻を招く綱渡りではないか。

国民の耳に聞えのよい政策スローガンを述べ立てる政治手法が、どことなく、あのヒトラーのやり口に通じると感じるのは、筆者の藪にらみだろうか。

第2次安倍内閣が発足した当初の側近や一部の幹部・閣僚の言動から、安倍政権の極右的性格が欧米のマスコミで取り上げられたが、そうした人たちは、自民党総裁安倍晋三氏の理想主義的ロマンティスト(筆者の買いかぶりかもしれないが)の側面に魅せられた、「安倍晋三教」の信者なのだろうか。

 常任理事国が持つ拒否権の存在と、2年毎の選挙で選ばれる非常任理事国ではない今の日本の現実にもかかわらず、容易ではない(現状では不可能な)国連改革を無邪気なほど高らかに述べた安倍総理は、どう見ても、したたかなリアリスト政治家とは言えない。

 世界を駆けめぐり援助資金をばら撒くのは、国連理事国に選ばれ、いずれは常任理事国と肩を並べる国際政治大国になる工作でもあるのだろうが、なんとも、心もとないかぎりの安倍外交だ。

「志を共にする国々の力をあわせて遂に積年の課題を解き、21世紀の現実に合った姿に国連を改革し、その中で日本は常任理事国となりたい」としても、欧米の経済制裁下のプーチン政権との北方四島返還交渉を進める安倍政権の日本を、米・英・仏や近隣アジア諸国(中・韓を除く)が思惑通りに支持してくれるのかも、極めて覚束ない。

「不戦の誓いこそは日本国民が世々代々、受け継いでいく、育てていくもの」とした演説と、不戦平和主義を遵守した歴代保守党政権の「戦後レジーム」からの脱却を唱えることの矛盾が、安倍首相の中でどのように整合性を保っているのかも不明である。

安倍首相の側近や熱心な支持者らが執拗に主張する戦後の日本政治体制(戦後レジーム)からの脱却には、第1次大戦後の中東で英仏が謀略的に引いた現在の国境を認めない「IS」の恣意的な行動原理の直截的観念性が感じられる。

筆者にとっての「戦後レジーム」は、国民自らが「憲法九条」を主体的に受けとめ遵守した「不戦の平和主義」ではなくて、日本人自らによる「戦争責任」追及を怠り、戦争の惨禍を及ぼしたアジア諸国への明確な謝罪をしなかったこと(村山談話以前)、日米安保条約による在日米軍基地の75%を沖縄の地に固定化して今に至るという「鵺(ぬえ)的政治体制」で、安倍首相の信念とは対極にある。。

 敗戦後70年を経ても米軍基地が存続し、なにかと米国追従的に振舞う日本が、他国だけでなく日本の若者(太平洋戦争の開戦・敗戦の真実を知らない)の目に、主権国家ではなく、属国的に見えるようだ。

「戦後レジーム」という概念の多義性の一つ「対米従属的レジーム」こそ、「安保法制反対」で立ち上がった日本の若い世代が脱却をめざそうとするものではないか。

 麻生太郎副総理と若い派閥議員があの盛り上がった集会・デモに雑駁に反発したのは、占領軍による押しつけ憲法の改憲をしないで、「戦後レジーム」が保持した「憲法九条」を護ろうとする民意の高まりを見たくなかったからであろう。

 対米従属といえば、米国上下院合同の会義場で、今夏の「安保法制成立」実現と日米同盟の更なる強化を高揚した面持ちで宣言した安倍首相に、W・ブッシュ政権の国防長官ラムズフェルトが大満足したと伝えられた。

 ウィキペディアによると、

「イラク侵攻時に大義として掲げていた大量破壊兵器が発見されず、アブグレイブ刑務所での囚人虐待事件で米国の道義的威信を大きく損ねたこと、一向に改善されない現地の治安状況等から、イラク従軍兵士と軍制服組の突き上げが激しく、退役将軍たちから『独善的で現場の忠告を度々無視した結果、今のイラクの現状がある』と厳しい指弾を受けたが、2006年の中間選挙で共和党が大敗した記者会見の場で、ブッシュ大統領からラムズフェルトの辞任が発表された」

アフガニスタン侵攻やイラク戦争での指導的役割を強引に果たしたラムズフェルトの評判は、米国民だけでなく制服組からも「歴代最悪の国務長官」とされ、イラク侵攻に反対した仏・独を「古いヨーロッパ」と非難し、強気の行動に終始した人物だ。

 両院での演説が、ラムズフェルトの称賛を受けたのは、「戦後レジーム」からの脱却どころか、それを踏襲し続けていることにほかならず、安倍晋三首相の言動をますます訝しく感じないではおれない。

 国連の演説では、「IS」や難民について触れ、

「議長! 中東地域は動揺のただ中にあります。特に、国境をまたぎ、独自に「国家」の樹立を宣言するISILの活動を、国家秩序に対する重大な脅威とみなします。いま重要なのは、地域の人道危機へ迅速に対応すると同時に、過激主義が定着するのを阻止することです。その一助として、日本は新たに、5000万ドルの緊急支援を直ちに実施します」

 記者会見のシリア難民受け入れの質問への首相の答弁は、

「少子化vsと外国移民受け入れの問題」と勘違いしたような奇異なもので、国内に1100万人、国外へ400万人とされるシリア人難民(人口の半分)の16万人を受け入れるEUに比べ、日本は、60人の申請に対して3人の認可にとどまっている。

 演説はさらに、ウクライナ情勢にも触れて、

「議長! ウクライナ情勢を重視する日本は、いち早く3月、最大15億ドルの経済支援を表明して、目下実行中です。東部ウクライナ復興のため、新たな支援も準備しています」

 最近(10月9日)の報道は、ウクライナ問題介入に反対のロシア国民がプーチン政権により殺害されているというが、欧米が支援する反アサド勢力への空爆やミサイル攻撃をするプーチン大統領(安倍晋三氏個人と信頼関係が深い?)の来日を計る安倍首相は、込み入った中東・ウクライナ情勢のどんな読み解きで、危うげな綱渡り外交の大風呂敷を広げているのだろうか。

 シリア動乱を巡って緊張が増す欧米とロシアだが、こんな物騒な地域での米軍の後方支援を要請された場合、国会決議の歯止め(?)だけで、安倍政権が窮地に立つことはないのだろうか。                   

                                  (続く)



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2015/10/15 19:44 2015/10/15 19:44

文ちゃんがツブヤク!

                       1215年9月7日(月)

続「安保法制」反対の高まり

                

 

 参院で審議中の安保関連法案反対の12万人市民デモが、30日の小雨の中、国会議事堂前や周辺(霞が関・日比谷)で繰り広げられた。「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」が主催し、都内大学生がつくる「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)、「学者の会」(大学教授・研究者)、「安保関連法案に反対するママの会」(子育て世代の母親)など諸団体が加わったと報じられ、抗議やデモは、北海道、名古屋、大阪、福岡、沖縄など全国の約3500カ所に及んだとされる。

 前回の拙文で、数を恃む自公与党による法案成立を阻止するため、日本列島の各地で法案反対運動が高まり、結集した野党勢力が世論を動かす国会審議を執拗に展開することを期待したので、「続」を書いて、反対市民運動の片隅で参加したい。

主催した「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」は、60年安保闘争に参加した中高年の人たち(当時は高校生)を中心に、毎木曜に議員会館前で抗議集会を続けている市民平和運動で、野党国会議員や弁護士らも加わり毎週数千人が集まるという。(筆者に、学友や建築家仲間から参加したとのメールがきている)

60年安保闘争では約30万人のデモ隊が雨の降りしきる国会を取り巻いたが、京大生時代はノンポリで通した私(昭和32年、電電公社(建築局)の入社試験・局長面接で支持政党を訊ねられて社会党と答え、A採用(幹部候補)で合格)もデモの群衆の中にいた。大学に入った28年に朝鮮戦争は終わったが、(戦争特需景気に沸いた関連産業界に、再軍備を画策する動きがあったことは前回触れた)戦争終結後の経済不況がつづく32年は大学卒の就職難時代で、同期の学友に多くの各大学名誉教授たちがいる。

 岸信介首相の安保改定では在日米軍が日本を守る義務がない片務性を改める名分が唱えられた。だが、朝鮮戦争でみた東西冷戦の緊張した国際情勢の下(60年末、ベトナム戦争が勃発)、米軍基地のある日本が再び戦火に巻き込まれることを恐れた国民の改定反対運動が急速に高まったのである。

 1959~60年と1970年の二度に及ぶ日米安全保障条約への国民的反対運動では、国会議員・労働者・学生・市民と国内左翼勢力が参加し、史上空前の反政府・反米運動の大規模デモがあった。

 入社して2年経った頃、岸内閣の安保改定をめぐる論議が緊迫度を増し、建築局設計課内でも安閑としておれない雰囲気があり、全電通・本社支部建築分会組合員の私は、分会の先輩の誘いで、「時局問題学習会」なるものに参加したことがあった。

 翌日、資材局長Y氏(福山出身で結婚したばかりの妻の就職で世話になった人)から呼ばれて局長室へ行くと、「松本君。キミはなぜあのような会へ参加したのかね。結婚したての身の将来をよく考えて行動することだ」と諭されたのである。会の参加者名が公安から職員局の関係部署に届けられたことに、私は言いしれぬ恐怖を覚えた。

「安保闘争」では、過激学生らが中心の放火(火炎瓶ん)・傷害・器物損壊(鉄パイプ)も生じたので、自民党などの政権側からは「安保騒動」と呼ばれている。麻生太郎副総理が、「60・70年安保騒動に比べ、今回はたいしたことはない」と言ったとされるが、自派二年生議員の暴言といい、政権とは異なる政策主張の抗議・デモを軽視し、国民主権をないがしろにするものではないか。

 60年安保での岸内閣は、国会強行採決の混乱の責任で、総辞職に追い込まれたが、70年安保では、左翼陣営の分裂や暴力的な闘争・抗争が激化し、反対運動は大衆や知識人の支持を失っていった。

 浅間山荘立て籠もり事件や大学共闘時代の騒乱なども災いし、高度経済成長の象徴だった大阪万博を契機に、若者の社会運動参加は急速に退潮した。

筆者が「大阪万博でんでんパビリオン」基本構想策定に参加して2年後、「NTTクウェイトコンサルタント」業務でアラブ在勤(4年間・家族同伴)をした経緯は、長期連載『アラブと私』でも触れた。

70年安保闘争で挫折した赤軍派一味が各地でパレスチナコマンドを自称したハイジャック・銃撃事件は、日本及び欧米諸国の顰蹙をかったものの、コンサルタント事務所で働くパレスチナ・ヨルダン人(ドライバー・オフィスボーイ)からは称賛されて対応に苦慮したものだ。

日本赤軍とPFLPによる在クウェイト日本大使館占拠事件では、我われコンサルタントが構築した情報通信システムによる日本本国とゲリラグループの交渉が支障なく進み、大使・館員の殺害・致傷が回避されて事が運び、日本人一同はホッとした。

 

 あれから約40年(2010~12年)後に生じた「アラブの春」は、長年続いた軍事独裁政権への前例のない大規模な反政府デモを主とした若者たち中心の抗議活動だった。発端となったチュニジアの「ジャスミン革命」は、アッという間にアラブ諸国へと波及していった。

 ケイタイを介したSNS(ツイッターやフェイスブック)で盛り上がった現政府打倒の抗議活動は、安保反対闘争の若者たちが夢想もしなかった新しいスタイルで、インターネット時代の「光」の側面を感じた。

 クウェイト国の情報通信近代化のコンサルタントの一翼を担った私は、「アラブの春」の到来をずっと待ち続けていたが、政権打倒後の民主化運動の翳りと混迷を目にして、今後の推移に注目している。

 70年安保・大学共闘の挫折からか、表立っては鳴りを潜めていたような日本の学生たちが、「アラブの春」への連帯的共感を表明したのか、マスコミが報じたかを知らなかった筆者は、イラク戦争反対の若者グループが、仮装して音楽に合わせて練り歩いたパレードやインターネットで参加の呼びかけをし、反原発や「特定秘密保護法案」への反対世論の盛り上がりと共に彼らの運動が脚光を浴びたのが、「安保法制」反対デモの中心の「SEALDs」に繋がると知り、日本の行く末への深い懸念は弱まった。

 大阪梅田駅での女子学生の反対アピールがすごい勢いでインターネット・シェアされたと同じように、「SEALDs」の「民主主義って何だ?」という彼らのラップ調の声がツイッターなどで急速に拡散しているという。

 デモに参加した都内の大学院女学生は「まだ学生で、国会前で声を上げるのにためらいがあったが、SEALDsの後押しで安保法案への疑問の声を上げていいと実感した」とインタビューで話した。

 大半が自発的市民参加の今回のデモは、労働組合による動員が多かったかつてと比べ、やわらかさとのびやかさを感じるが、参加者の大合唱に包まれた大規模デモが、ひとときの煌めきで終わることなく、日常や選挙を通じた政治参加につながるよう願う。

 中咽頭がん治療の休養から復帰したばかりの坂本龍一さんも、「現状に絶望していたが、若者たち、主に女性が発言するのを見て、希望があると思った」と、国会前で声をふり絞り、「民主主義や憲法が壊される崖っぷちになって、日本人に主権者や憲法の精神が根づいていると示された。憲法は自分たちの命をかけて闘いとったものではなかったかもしれないが、今まさにそれをやろうとしている。ぼくも一緒に行動していきます」と語ったと報じられた。

 確かに、自分の命をかけた「憲法」とは言えない私たちだが、大日本帝国憲法の下での無謀な戦争で命を落とした3百10万人の日本人と2千万人を超えるアジアの人々がいて手にできた「平和主義憲法」であると、肝に銘じなければならないと想う。

 

 安倍晋三首相の唱える「戦後レジームからの脱却」の背景に日本国憲法が占領軍に押し付けた屈辱的なモノとする心情があるようだが、GHQ「憲法草案」作成で、敬愛する偉大な教育者・森戸辰男が同志と組織した「憲法研究会」(1945年秋)作成・公表の「憲法草案要綱」が採用された事実がある。

 森戸辰男(明治21年生・戦前は「危険思想」のかどで同僚大内兵衛(当時・東大経済学部助教授)と共に起訴(朝憲紊乱罪)され入獄、その後、大原社会問題研究所で社会科学研究・労働者教育に従事)は、天野貞祐らと「教育基本法原案」の骨組み作成にも携わり、1947年には、片山内閣・芦田内閣の文部大臣に就任して、学校義務教育の6・3制度など、敗戦後日本の教育改革に多大の貢献をした。

 森戸が郷土福山に創立した(昭和21年)広大付属福山校(中高一貫)の第1期生で入学した私に、旧陸軍兵舎の学び舎で森戸の日本復興の教育理念の薫陶を受けた若い教師・教生に教えられた「平和とデモクラシー」の精神が(戦時の悪夢が消えた少年に)確かに根づいた今がある。

 最初のクラス担任・平田正先生(社会科、戦争中は隠れリベラル、80代で福山老人大学学長)からは、「基本的人権」と「自由な社会」の大切さを叩き込まれ、憲法前文の理想と「憲法九条」が、平和な日本復興の礎になると諭された。

第2章「戦争の放棄」(第九条)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。(第2項)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 安倍首相と側近・支持者が声高に言い募る「戦後レジームからの脱却」とは、灰燼に帰した敗戦日本の惨状から立ち上がった日本人が拠りどころとした「新憲法」の「平和とデモクラシー」を真っ向から否定し、これからの世界の潮流を解さない時代錯誤の観念論ではないか。

 自民党に投票して第2次安倍政権をもたらした人たちがみんな「安保関連法案」を支持しているわけではなく、アベノミクスによる景気低迷からの脱却に期待したのではないかと思われるが、憲法九条については、「理想に過ぎない」「現実の脅威には無力だ」という考えの人たちでもある。

「憲法九条」がGHQの日本再軍備への足枷だったとしても、「国際平和の希求」は、二度と戦争をしたくない日本人の痛切な願いであり、第1次大戦後の「パリ不戦条約」の精神を受け継ぐものとして世界の人々の共感をかち得てきたのである。

 朝鮮戦争の時「憲法九条」を変えようとした米国にたて突いたのは吉田茂政権であり、日本人自らが「憲法九条」の保持を選んだのだ。

 戦後レジームの歴代の保守政権が憲法改正を窺いながら今日まで果たせなかったのは、平和憲法保持を求める大多数の国民の信任を失うことを恐れたからにほかならない。

 戦争の非人間性を体験し、その真実を学んだ日本人の戦争忌避の想いは魂に至るほど根深く、無意識的なものになっているのではなかろうか。

 安倍政権が米国と一緒に戦争する気があるのなら、危うい憲法解釈でなく、「憲法九条」そのものを変えるべきだが、変えようとする政権・政党は、国民から見放されるであろう。

 安倍政権は、「積極的平和主義」を掲げ、戦後日本の安全保障政策の大転換に突き進んでいるが、そもそも、「日本国憲法前文」の末尾に書かれている文言「日本国民は、国家の名誉にかけ全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」こそが、めざすべき「積極的平和」なのではないか。

(前文の抜粋) 

(前略)日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

 われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。

 われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。(後略)

 

「松本文郎のブログ」をよく読んでくれる後輩建築家の持論は、「平和を愛する諸国民」や「彼らの公正と信義に信頼して・・・」なんて念仏を唱えるのはどだいオプティミストにすぎると言うのだが、おそらく、「パリ不戦条約」にもかかわらず第2次大戦が起きたこと、条約の精神を受け継ぐ国際連合憲章の「第2条」の「武力行使の慎戒」協定が、頻発する紛争や戦争を世界から無くせていない事実に苛立っているのだろうと愚考する。

 でも前文の精神は、何もせずに、国際社会の公正と信義に私たちの安全と生存を託す「消極的平和主義」ではなくて、国際社会で平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努める名誉ある地位をめざし、全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有するよう、戦争の教訓から得た「不戦平和」を世界の普遍的価値として、その達成に努めることを誓ったと解釈するのが妥当ではないか。

 それは正に、かつての欧米列強による専制と隷従、圧迫と偏狭がもたらした恐怖と欠乏の帰結としてのアラブ諸国の苦難の現実と「IS」出現に対して、私たちが何をすべきかを示唆しているのである。

 安保関連法案は、中国や北朝鮮からの脅威にそなえるための抑止力を高めるものと言うが、米国と共に集団的自衛権を行使するようになれば、中国はさらに軍備を強化すると思われる。

 中国脅威論をかざし、法案成立に我武者羅な安倍首相の「70年談話」への内外の毀誉褒貶はあるが、各方面への妥協の産物のあいまいさはあるものの、懸念された中韓の反発を招かなかったのは、よしとしたい。中国を敵視していないオバマ政権もホッとしただろう。

 北京「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」記念式典での習近平国家主席の演説は、平和発展をめざす立場を強調し、中国軍兵力の30万削減を表明。「中国は、永遠に派遣を唱えず、拡張を図らず、自らが経験した悲惨な経験をほかの民族に押しつけることはしない」と訴えたという。

 祈念式典に参加した朴槿恵韓国大統領の外交土産とされる日中韓首脳会談開催を、今後の東北アジアの安定に有意なものにできるかどうか、安倍政権の近隣外交の行方を見守りたい。

                               (9月4日)


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2015/09/07 16:37 2015/09/07 16:37

文ちゃんがツブヤク!              

                 2015年14日(金)

「安保法制」反対の高まり

                           

「安保法制」反対の高まりが、日本各地に広がっている。

 東京・日比谷公園、大阪・梅田駅前の集会でのアピールや映像が、テレビ・新聞で報じられ、国会の煮え切らない論議に業を煮やしたのか、ノーベル賞受賞者を交えた学者・有識者150余人の声明も出された。

 東京の集会に顔をみせた瀬戸内寂聴さんの「安保法制」を危惧する真剣な訴えに共感し、梅田での女子学生のアピールがインターネットですごい勢いでシェアされ、集会当日にアップされた短い主張再生が4日間で10万回を超えたのを見て、「戦争を知らない世代」がこの法制の危うさを感じ取っているのを知った。

梅田駅での女子学生は、「国民の過半数が反対する《安保法制》関連法案を数を恃みに押し切ったことに腹を立てて集会に来て、大阪駅がこんな人にうめ尽くされているのを見るの初めてです」と切り出し、安倍首相がインターネット番組の中で珍妙に述べた「ケンカが強くていつも自分を守ってくれる友達の麻生君がいきなり不良に殴りかけられた時には一緒に反撃するのは、当たり前ですよね」に対し、「この例をとるのなら、「友達が殴りかけられたからと一緒に不良に反撃をすれば、不良はもっと多くの仲間をつれて攻撃してくるでしょう。そして暴力の連鎖が生まれ、不必要に周りを巻き込み、関係のない人まで命をおとすことになります」、「テロの脅威が高まっているのはほんとうですが、彼らは生まれつきのテロリストだったわけではありません。なぜ彼らがテロリストになってしまったのかその原因と責任は国際社会にもあります。9.11で3千人の命が奪われたからといって、アメリカは正義の名のもとに130万人もの人の命を奪いました。残酷なのはテロリストだけではありません」などを述べていた。

 「安保法制」の賛否を問う世論調査では、賛成の約3倍の反対回答が報じられているが、麻生副総理は「60年・70年安保の時の反対運動に比べれば、たいしたことはない」と嘯き、麻生派2年生議員は、「インターネットで反対運動をする学生団体は利己的な人間らで、こんな若者をつくった憲法の基本的人権の理念が問題だ」とする主旨をインターネットで開陳。麻生氏は「(法制が)国会を通ったあとにすればよかった」と言い、一応、暴言を嗜めるポーズだけはとった。

 自民党の会合で磯崎首相補佐官が「安保法制の法的安定性は問題ではない」と述べる前に、国会に呼ばれた憲法学者(自民党招致の人も)全員が「憲法上、集団的自衛権は認められない」陳述したのを無視した安倍首相は、野党の磯崎補佐官辞任・罷免の要求に対して、電話の口頭注意にとどめた。

 第2次安倍内閣を成立させた衆院選挙での自民党は、「経済最優先」を掲げて総投票数の20数%ほどで過半数を制した。

 公明党との連立維持で絶対多数(数の論理)を手にした安倍首相は、傲慢さをあらわに、選挙で重要な論点にしなかった「安保最優先」の道を爆走し、小選挙区の自民党候補者の指名権を握る安倍総裁の意を汲む閣僚・議員には、憲法・国会軽視の言動が相次いでいる。

中谷防衛大臣の「核ミサイルも弾薬だから、法的には運搬できる」などは、子供でも言わないオソマツさ。こんな自民党は、小泉純一郎元首相によらずとも、もう壊れているのではないか。党内リべラルの若手と目された谷垣禎一幹事長の存在感も、無に等しい。

 戦後70年の今年8月15日を目前に、敗戦前後の日本を顧みる報道番組が目白押しの中で、国民学校五年で聴いた「玉音放送」が繰り返し流れている。

疎開した村の喧しいクマゼミの鳴声の中で聴いた天皇の声は、擦れてくぐもり、よく聞き取れなかったが、午後の役場からの知らせで敗戦と分った。

 3、4年早く生まれていれば幼年学校か予科練を志願したであろう少年は、真青な空を見上げ、疎開前の広島(原爆をのがれた)で体験した軍人や国防婦人会幹部の居丈高で高飛車な言動を思い出しながら、心底ホッとしたものだ。

 安倍首相のとりまき連中に帝国憲法や教育勅語の理念への回帰を目論む者もいるようで、安倍首相が米国上下院スピーチで明言した「安保法制」成立が実現すれば、あとは一瀉千里で、戦後レジームの見直しに突っ走るのだろうか。

 だが忘れてならないのは、昭和21年制定当時、日本国憲法を占領軍から押し付けられた屈辱的なものとした国民は決して多くはなく、サンフランシスコ講和条約に調印した吉田茂元首相は、日本再軍備を執拗に迫るダレス元国務長官の要請をキッパリと断わって、明治維新以来の「強兵富国」から転換した「強兵ぬき富国」の産業復興政策を、腹心の池田勇人元首相と共にめざしたのである。

わがふるさと福山の宮沢喜一氏(大蔵官僚・国会議員として対米交渉に関わったリベラルの1人)は、吉田茂の本音を「(日本の防衛は)当分アメリカにやらせておけ。憲法で軍備を禁じているのは誠に天与の幸で、アメリカから文句が出ればちゃんとした理由になる」と自著に記した。

 その路線を継承した歴代保守政権が戦後政治体制(レジーム)であり、国民の血と汗の努力を得て、世界第2位(現在3位)の経済大国を実現したのだ。

「清濁併せ呑む」のが政治の世界だが、吉田茂一人で責任を取る意志でサインした日米安保条約は、日本防衛の義務がないまま米軍基地を存続させ、米国の思惑どおり、朝鮮・ベトナム戦争での爆撃機の発進基地となった。

朝鮮戦争特需で軍服から弾薬までを米軍に売って産業復興の足台にした日本企業の経済界には、軍需による経済成長を画策した重工業界の一部による「重武装路線」が持ち上がったが、吉田茂内閣は、保安隊(のちの自衛隊)の発足で米国と妥協しつつ、「重武装」からの距離をとり続けた。

 在日米軍基地問題では、米国からの沖縄返還を成し遂げた佐藤栄作内閣の日米交渉が、現在の基地問題や日米関係へとつながる歴史的転換点となった。

NHKスペシャル(2015年5月9日)『総理秘書官が見た沖縄返還 発掘資料が語る内幕』に、「非核三原則」を打ち出した(1967年)佐藤栄作首相の「核抜き本土並み返還」(沖縄の人々は日本復帰で基地が本土並みに縮小されると期待した)の交渉での「密約」(有事の場合は沖縄への核持ち込みを日本が事実上認める)の存在も述べられている。

 沖縄返還(1971年)から3年後、佐藤栄作氏(安倍首相の叔父)は「非核三原則」の提唱者として、1974年度ノーベル平和賞を受賞した。

 こうした日本の戦後史を知らないほど、安倍首相のチルドレン議員たちは不勉強で無知なのだろうか。また、沈黙している自民党の元老・引退政治家らは、「強兵富国」時代への回帰を画策する右傾化をどんな想いで見ているのか。

 ところで、猛暑日が続く今夏の電力使用量ピークが発電能力の95%に至らない現状での川内原発の再稼働、沖縄米軍基地の移設問題、米国の新たなグローバル戦略のTPP問題等、わが国の将来にとって重大な結果を生む事案への国民の懸念に、十分な説明責任を果たさずに強行突破しようとする安倍首相は、ワンマン的な様相を見せはじめたと思えてならない。

 新憲法の議会制民主主義下、国会・国民抜きで講和条約締結を画策した吉田元首相には、灰燼に帰した日本の戦後復興を実現する明確な展望と実現する胆力が見られたが、「安保法制」ほかの事案をめぐる安倍首相・閣僚には、野党追及や世論調査結果に右往左往する矛盾だらけの答弁が目立ち、国民の懸念と危惧は深まるばかりである。

 数を恃んだ公明党との連立で「安保法制」を強行成立させれば安倍首相のメンツは立ち、米国軍関係者や共和党筋からは大いに喜ばれるであろうが、現政権が目指す日本の将来像は、一向に見えてこない。

 間もなく閣議決定される「戦後70年首相談話」の文言がどのようなモノとなるのか、世界の国々が注目している。

安倍首相が祖父岸信介氏の名誉挽回にこだわり、祖父らの侵略戦争への「おわび」を曖昧にするなら、中・韓・東南アジアのみならず米国・EU諸国の人々は、安倍政権の右傾化を危惧し、新憲法の「不戦の平和主義」を圧倒的に支持した日本国民の変質ぶりに疑念をいだくことになるだろう。

 本来、国民が希求する暮らしの実現と国家の将来のあるべき姿を構想するのが政治家の役割りだが、党利党略や個人的野心で保身に汲々としているサマは、「国民みんさんの命と暮らしの安全を守る」とのお題目とウラハラに、「守れない」状況をつくる方向につき進んでいるとしか見えないのである。

 毎年のこの時期にテレビで放映される映画『黒い雨』『火垂るの墓』や『永遠の0』などを見たが、どんな理由があっても「人のいのちを奪う戦争」を決して繰り返してはならないとの想いが胸をふさぐ。

最近の女性誌で、原発事故後からの「子供を守りたい」という読者変化に応じたテーマの記事掲載が顕著だという。早くから「安保法制」特集をしてきた「女性自身」の主な読者は4050代女性で、瀬戸内寂聴さんと吉永小百合さんの誌上対談が、戦争や安倍政権への危惧を語って、大きな反響を呼んだとされる。

 自民党内に「女性週刊誌対策」の必要を言う声があるそうだが、あの「沖縄二紙」への恫喝の再演は、願い下げにしたい。     
    
  (了・8月12日)



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2015/08/14 16:06 2015/08/14 16:06

文ちゃんがツブヤク!
                         2015年5月23日(土)                                        
「イスラム国」と安倍政権の行方

「イスラム国」による日本人人質殺害事件の対応を検証する政府の委員会が報告書を出した。報告書は事件を3段階に分けて、「イスラム国」に拘束された湯川・後藤両氏の解放に向け、情報収集や分析に問題がなかったかを検証したとしている。
 そのうちで最も重要な第2段階は、犯行グループからのメールに後藤さんの妻が気付いた12月3日から2人の拘束映像が公開された1月20日までの期間と思われる。それは、中東歴訪中の安倍首相が、エジプトのカイロで1月17日、「ISILと闘う周辺各国に総額で2億ドル程度の支援を約束する」と表明したスピーチが「イスラム国」を刺激した可能性があると、国の内外で論議が生じたからである。
 報告書はこの点で、テロとの闘いを進める中東諸国に人道支援を表明することが重要との考えに基づいて検討し、問題はなかったと結論づけたが、「松本文郎のブログ」の長期連載《アラブと私》(95)で書いたように、この残虐極まりない事件の発端が安倍首相のスピーチにあったのではないかとみる国民や有識者が、少なくないと感じていた。エジプトやイスラエルでの安倍首相の言動は、「イスラム国」の出現が9.11後のブッシュ政権のイラク侵攻と深く関わっていること、その底流にあるイスラエル建国後のパレスチナ問題の紆余曲折、「アラブの春」後のアラブ諸国の混迷の現状とそれらを植民地支配した欧米諸国のさまざまな思惑などを、しっかり念頭に置いてなされたかを、問われていたと思う。安倍首相が演説したエジプトでは、「アラブの春」の民主革命後の選挙で選ばれたムルシ元大統領(ムスリム同胞団が出身母体)を軍事クーデター(オバマ大統領が非難)で追放したシ-シ元国防相が大統領に就任している。
「アラブの春」のデモ隊に発砲を命じて殺人罪に問われていたムバラク元大統領への審議を無効とした(事実上の無罪判決)シーシ政権下の刑事裁判所は、5月16日、ムルシ元大統領に死刑判決を言い渡した。ムスリム同胞団へのシーシ大統領の締めつけは、これまでも同胞団指導者ら1千人以上に死刑判決が出され、厳しさを増している。
 報道によると、この日の判決で死刑になった被告に11年前のエジプトの民主革命前からイスラエルの刑務所で服役中のハマスメンバーも含まれるなど、被告不在のままで死刑が言い渡されるケースも相次ぎ、裁判の正当性について、国際社会からの批判が出ているという。国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは、「無効な手続きによるもの」として、ムルシ氏の釈放や再審を求めたと、ロイター通信が伝えた。
 検証のための委員会は、杉田和博官房副長官を筆頭に官僚10人のメンバーで進められ、中東や危機管理が専門の有識者5人からも意見を聞いた報告書は、「政府の判断や措置に人質救出の可能性を損ねるような誤りがあったとは言えない」とし、「検証を通じて得られた教訓を生かし、対応の改善に取り組む」としている。
“対応の改善”の具体的な意味は分からないが、ISとメールで解放交渉に当った後藤さんの妻と連携しなかったことや、検証作業で改めて話を聞かなかったことが気にかかる。
 首相スピーチの時点で、湯川・後藤両氏がISに拘束されている可能性は「排除されない」と政府は認識していながら、首相が「イスラム国」を名指しした危険性をどのように検証し、問題がなかったと判断した根拠は何なのか。
 そもそも、この種の検証委員会のメンバーが官房副長官(委員長)、警察庁、外務・防衛省など事件対応責任官庁の官僚(委員)で構成されたこと自体が、おかしいのではないか。 
“検証”は、中立公正、第三者的立場で行われてこそ、信頼に足る分析や検討が可能なのではないか。外部有識者の顔ぶれも、政府の各種政策審議会委員の人選にみる政府寄りの人だけでなく、中東の歴史・外交・政策についてより深い造詣・見識・知見をもつ人たちを選ぶべきであろう。人質事件をめぐるテレビ番組で、首相スピーチが「イスラム国」を不用意に刺激した可能性に言及した有識者は、少なくなかったのだ。
 政府自前のような検証委員会は、「政府による判断や措置に人質救出の可能性を損ねるような誤りがあったとは言えない」と結論づけたが、個別の対応の詳細は明らかにされていない。
 人質事件への対応は“解放される”ことが第一で、フランスやトルコの人質が解放された“交渉の経緯”情報収集や分析能力に不備はなかったかどうか。捕虜交換や身代金支払いを拒否する米国の方針に追従したからではないか。 
 湯川氏は戦闘請負会社を設立していたと報じられたが、イラク北部・クルド地区の米国の軍事会社やシーア派民兵(イランで訓練)のように「イスラム国」の敵とみなされて、殺害されたのではないか。解放交渉に日本政府が関わらなかった後藤さんについては、「見殺しにしたのではない」という“検証”の具体的説明責任があるのではなかろうか。
 エジプトとイスラエルでの首相スピーチ「極悪非道のISと断固闘う」との強い調子が、二人が殺害された後では、「あくまでも難民救済の人道支援」とトーンダウンしたあたりに、首相の勇み足を懸念する内閣官房スタッフの気配を感じたのである。
 安倍首相が米国上下院で大見得を切った「安全保障法制」の国会審議が始ろうとしている。「平和安全法制」のキャッチコピーで、“積極的平和主義”を旗印にした集団的自衛権を行使し、日本と世界の平和と安全のために地球の裏側の戦闘地域の後方支援に弾薬も運ぶというものだが、派兵する自衛隊員に危険があるときは撤兵するという。
 安倍首相は、ホルムズ海峡の機雷除去のために自衛隊を派遣することにご執心のようだが、戦闘状態でないときの除去でも、敷設した国が攻撃してくる可能性は大きいのではないか。後方支援で弾薬供給をする自衛隊が攻撃対象になるのも“然り”であろう。危険になったとして戦闘地帯で命がけで戦っている米軍や友軍を置いて撤退するなど、戦争を知らない政治家の“絵空事”ではないか。フセインのイラクのクウェイト侵攻の折、憲法9条を知らないクウエイト人が、“日本は金を出しただけ”と無理解な非難をしたが、安倍政権がやろうとしている自衛隊派遣では、それどころではないブーイングを浴びるだろう。
 派兵される自衛隊員の安全をめぐる首相と中谷防衛大臣の答弁の食い違いにみるように、政府内部にチグハグさを抱えたままで、米国に約束した「安全保障法制」の成立を遮二無二押し進める与党に、野党(連合)はどう立ち向かおうとしているのか。この法制成立を阻止できないなら、敗戦後70年間、平和国家として一定の国際的評価を得てきたわが国の“不戦平和主義”に、極めて危うい変化を生じるだろう。小泉元首相の自衛隊イラク派遣では、アラブ諸国の人々にわが国の平和憲法遵守への懐疑を招いたが、中東地域の紛争・戦争に米軍と一心同体で参加する日本のイメージが軍事的な色彩を帯びるのは、わが国の安全保障を脅かすだけではないのか。


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2015/06/04 00:28 2015/06/04 00:28

文ちゃんがツブヤク!

2015年5月3日(日)                                                                                            

日米首脳会談と安倍政権の行方


 訪米した安倍首相に関するマスコミ報道のトーンは、おおむね好感的だったようである。

 歓迎晩餐会では、オバマ大統領の“初俳句(?)”の披露と山口産日本酒の乾杯のご接待に応えて、ダイアナ・ロスの歌の『Ain’ t  No  Mountain High  Enough』を引き合いに、

日米関係の親密さをアピールした。

 “No matter where you are, no matter how far(あなたがどこに居ようと どんなに遠くても)Justcall my name, I’ll be there in a hurry. (ただ 私の名前を呼んで 急いで駆けつけるから)”の歌詞を選んだことは、小泉元首相がブッシュ()元大統領の農場に招かれたときのプレスリーの“エア・ギター”パフォーマンスのご愛嬌に比べて、あまりにも直截的ではなかったか。

 ダイアナ・ロスが熱唱した愛の歌を、集団的自衛権の行使で地球の裏側までも駆けつけるという「安保法制・国会審議」の“前唄”にしたのは、ヤリスギというほかないだろう。

 日本首相として初の米上下両院合同会議での安倍首相演説は、幾度かのスタンディング・オベイションを受けたが、上下両院議員のこころの琴線に、真に触れ得たのだろうか。

 敗戦から70年の戦勝国の主府ワシントンで、戦死した米兵の記念碑を訪れて深い悔悟を胸に黙祷を捧げ、議会演説で、「日本国民を代表し、先の戦争で斃れた米国の人々の魂に深い一礼を捧げます」と語った首相は、祖父岸信介元首相が深く関与した太平洋戦争を“聖戦”とし、米国に負けて押し付けられた屈辱的な「日本国憲法」の改正を目論む取り巻き連中が唱える「戦後レジームからの脱却」との脈略を、一体どうつけようというのか。

 吉田元首相が「駐留米軍は番犬とみればヨイ」とし、岸元首相が「60年安保改定」強行採決直後に退陣して保持した日米同盟関係が“戦後レジーム”そのものではないのか。

吉田・岸・池田など戦後歴代首相による日米同盟関係は、諸外国の眼には対米従属の日本と映ったようだが、それをさらに強化する「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の改定では、切れ目のないグローバルな協力が謳われて、自衛隊と米軍の“一体化”がさらに進められるが、憲法上の制約、日米安保条約のフレームとの関係はどうするつもりなのか。

 首相の議会演説の“歴史認識”に関わる部分では、「歴代首相が表明した意見を維持する」とし、ジャカルタのアジア・アフリカ会議(バンドン会議)での「先の大戦に対する痛切な反省(deep remorse)」を繰り返したことは、一応、“よし”としていいだろう。

 バンドン会議といえば、かつて、靖国参拝をして日中関係が悪化していた小泉元首相が、「戦争の謝罪」をしたことで胡錦濤元首席と握手したが、今年の会議の折の習近平主席との首脳会談で対日関係が改善に向かっている中国は、米国議会での安倍首相演説へ明確な論評を避けたとみられ、対照的に、米国議会の韓国ロビーは強い批判を表明した。 

安倍首相や支持者らが称える「戦後レジーム」とは、なにお指しているのだろうか。

日本国憲法は米国から押し付けられたもので、独立国として恥ずべきものと言う彼らは、

軍国主義日本の圧政下で待ち望んだ“自由と民主主義”(大正デモクラシー)を得て、“二度と戦争をしない平和国家”をめざした日本人の切実な想いを知っているのだろうか。

“先の戦争”を、植民地主義の欧米列強に侵略されたアジア諸国を奪い返す「聖戦」とするブレイン学識者や支持者らと与党内“良識派”の間を揺れつづけているような安倍首相だが、ジャカルタの日中首脳会議の折に敢えて靖国参拝をした女性閣僚らとどんな政治理念を共有しているというのか。中・韓両国が嫌がるのは、“靖国A級戦犯合祀”唯それだけなのに。

 あの戦争は“聖戦”どころか、軍国主義日本が欧米列強の後塵を拝して大陸に進出したのを牽制した米国との外交交渉に失敗した挙句、無謀にも宣戦布告をしたものだ。

日中戦争(支那事変)で米国の軍事支援を受けていた蒋介石は、毛沢東との「国共合作」の後に、同胞の共産軍に追われて台湾へ逃げのび、中国本土では、侵攻した日本軍をアジアの救世軍どころか、欧米列強よりも残酷な仕打ちをした侵略者とし、物心共に受けた傷跡が70年後の今も癒えていないと言い続けているのだ。

あの戦争を“聖戦”とする歴史観に共感する首相は、戦勝国アメリカの戦死者を悼む外交儀礼はともかく、非戦闘員の大量虐殺だったヒロシマ・ナガサキの原爆投下についての遺憾の意を伝えるべきだったのではないか。対米追従の「戦後レジーム」の“被虐史観”を言い募る安倍首相の取り巻きたちは、それを演説の文言に入れることを要請したのだろうか。

被害を受けた中国・韓国が要求している歴代首相の「謝罪表明」の言葉を、奇妙な言い訳で省略すべきではなかったのだ。欧米の主要マスコミが、「謝罪不十分」とのコメントを掲載したのを真摯に受けとめるべきであろう。

安倍首相の故郷山口産の日本酒のカップを捧げ、「オタガイのために!」とオバマ大統領は、

世界最強の軍事力の一端を進んで担うかのような「安保法制」の成立を公約した安倍首相に格別の接遇をしたが、首相が“無邪気な”少年のように上気した笑顔をしきりに振りまいていたシーンに、耐え難い違和感を覚えた。

米国のアジア太平洋重視の戦略を徹頭徹尾支持すると語った安倍首相は、TPP加盟交渉の傍ら、中国主導のAIIBへの参加を見送ったが、「積極的平和主義」とやらを掲げて、世界を駆け巡った安倍首相は、行く先々で資金援助と安保協力を申し入れたが、中国包囲網の一環とみられたオーストラリアとインドは、英・仏・独、アジア・アラブ諸国の大半と共に、AIIBに参加表明をしたのである。

その是非をここで論じるつもりはないが、「安保法制」でめざすのが、中国を仮想敵国視し、「イスラム国」への前のめりの挑戦的な姿勢をはらむものなら、わが国の安全保障を極めて危うくすると言わねばならないだろう。

 オバマ後の大統領選挙の行方によっては、ブッシュ(子)元大統領のような“強い米国”

のアピールで愛国心を煽る人物が登場して、混迷を深める中東地域へ軍事介入する懸念さえありえるのだ。

「イスラム国」が生む難民救済を声高に言う安倍首相は、シリア・トルコ・イラク国境周辺で、どんな民政的支援活動を展開しようとしているのか。憲法9条改正の目論みの先に見えるのが、“普通の国の軍隊”となった自衛隊が米軍と一体になって世界各地の戦闘に臨む姿でなければ、と願うばかりである。

 アジア太平洋地域の安定と平和は、混迷を深める中東地域への対応にとっても重要な課題であろう。経済・軍事両面で存在感を増している中国は、各種の国内的矛盾を抱えている。

 対米より対中で経済関係が深い日本は日中関係改善の兆しを的確にとらえ、国民レベルの親善友好を深め、日・米・中関係をより戦略的共存の方向へと推し進めるべきであろう。

 




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2015/05/07 21:35 2015/05/07 21:35

文ちゃんがツブヤク! 

2014年12月5日(金)
 
                      
                                                                     

総選挙と安倍政権の行方  

 藪から棒”的な総選挙が公示され、日本列島各地で与野党の論戦と攻防が始まった。
 世界でも珍しい首相専権の解散・総選挙を断行する安倍首相の真意について、様々な論評や憶測があるが、“アベノミクスの是非を問う”表の顔とはウラハラの“戦後レジームからの脱却“こそが本当の狙いではないかと思った。
 政府・日銀連携のトテツモナイ金融緩和(国債の買入れ額を超える発行高)と財政出動による円安・株価上昇が醸し出す景気ムードと心許ない野党の足並みに乗じて、自民党の単独過半数を手にしたい魂胆ではないかとも思われた。
 民主党ほか野党(共産党を除く)の及び腰の対決姿勢から、国民世論によほどの変化が生じなければ単独過半数もありとみてヤキモキしていると、〈「自民300」予測の衝撃〉の見出しが今日の朝刊一面にあった。
(朝日)
 野党各党の政策論戦で、“アベノミクスの是非を問う”自民党への決定的な対抗策を国民に提示できるかどうか。集団的自衛権の行使容認、特定秘密保護法の制定、原発再稼働の推進、普天間基地問題、解釈改憲(九条)など日本の将来を左右する重要課題について、自民党との間に温度差をもつ公明党を、どこまで触発できるか。
 
それにしても歯がゆいのは共産党(政党交付金を受けていない唯一の政党)のスタンス。自民党を超える自前の政治資金と候補者数で総選挙に臨めば、共産党の当選者数は増やせても、野党候補者との共食いが、結果的に、自民党に漁夫の利を与えるのは自明であろう。
 
沖縄知事選の結果が大方の予想を覆したのは、東京都知事選挙では起きなかった共産党と野党との連携の成果とみれるが、安倍政権の行方を深刻に危惧するなら、小選挙区でのしかるべき野党との選挙協力・連携を主導する“フトコロの大きさ”がほしい。
 
総選挙後の安倍政権が余勢を駆る“暴走”に歯止めをかけるには、自民党に単独過半数を与えないことに尽きる。公明党は、連立が組めなくなる場合を想定したどんな戦略で選挙戦に臨んでいるのか。7月の『「集団的自衛権行使」容認と創価学会』の“ツブヤキ”の想いは、いまもそのまま胸にある。
 
単独過半数を得た場合の安倍政権が、“戦後レジームからの脱却”に猪突猛進するとの危惧や懸念について、異論や疑問をもつ向きも少なくないだろ。敗戦時に小学五年だった筆者は、安倍首相と“お友達”らの言動にみる懐古的日本への回帰志向を、まるで悪夢を見ているように感じているが、安倍首相の祖父・岸信介元首相が関わった軍国主義日本の“戦争を知らない”世代には、過剰な警戒心だとする人たちが少なくないようだ。
 
EU諸国では、二度の世界大戦の悲惨な歴史を知らない世代が、極右的ポピュリズムによる排他的愛国心や闘争心を抱き始めていることが報じられたが、たいへん心配である。
 
人類社会が直面している人口増大、資源枯渇、環境破壊・汚染、経済格差の増大、失業と貧困、頻発する紛争・内戦などに的確に対処するには、傍若無人な金融資本の暴走から健全な経済活動を守り、先進国の経済成長スピード、“生活の質”、価値観などの見直しに人類の叡智を総動員する構想を、今回の総選挙の与野党論戦で掲げてほしいものである。


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2014/12/05 17:19 2014/12/05 17:19

文ちゃんがツブヤク! 

2014年10月22日(水)
                       
                                                                     

安倍政権と女性閣僚たち  
  
    

週刊新潮のスクープで世情を騒がしていた小渕経済産業相の辞任が報じられた20日、“ウチワ”問題の松島法務大臣の辞任も、テレビ各社で報じられた。

女性が輝く時代の象徴的存在とされた二人の女性大臣が辞任する事態に、第1次安倍内閣で相次いだ5人の閣僚辞任を思い出した。

第1次内閣の佐田・松岡・赤木・遠藤・安倍の立て続けの辞任の再演を避けるための迅速な“危機管理”との見方もあるが、松島元法相のコメントとされる「私がウチワで辞めなければならないのなら、みんな辞めないといけない」には、つい頷いてしまった。

世界順位で低位だった女性閣僚比率を一挙に上げたと誇らしげだった安倍首相の人選の中身にはオドロキ、アキレテいたが、馬脚を現したというほかない有様だ。

9月12日の夕刊「政界から厳しい声」の見出し記事に自民党の稲田朋美政調会長の談話として、「吉田調書、吉田証言について謝罪したわけだが、これによって世界中で日本の名誉が毀損され、信頼が失われたことについて回復するための措置を講じてほしい」とあったが、自身と高市早苗総務大臣がかつて、日本のネオナチと目される団体主宰者とのツーショットを撮られて英国の新聞で報じられ、安倍政権の右傾化への海外の懸念を増幅したとの、日本人の名誉と信頼を大きく損ねたことへの釈明または「おわび」は、一体どうなっているのだろうか。

 この主宰者は、ヒトラーの思想に共鳴してネオナチ主義を掲げ、GHQによる戦後レジームからの脱却、反シオニズム、アメリカ・イスラエルへの反目を表明したとされる。

 稲田・高市両氏と主宰者との各ツーショットを掲載したこの団体のウエブサイトには、ナチス・ドイツによるユダヤ人へのホロコーストは無かったとか、「在日朝鮮人の殲滅」声明などが掲載されたそうだ。

これらの主張が、日本軍による南京事件や軍が関与した慰安婦の存在を否定する一部の日本人の主張と重なり、欧米の政治家・市民・報道記者に不気味な感じを与えたのではなかろうか。

 2人の女性閣僚の辞任が報じられた前々日(18日)、高市、山谷、有村の3閣僚は靖国神社に参拝したという。国家公安委員会委員長山谷えり子氏は、尖閣諸島・慰安婦問題でタカ派的言動が目立ち、女性活躍担当相有村治子氏は、保守系政治団体の議員懇談会メンバーで、“男女共同参画”、“夫婦別姓制度”に反対の立場をとっていた人物だ。

 この3閣僚は、果たして、「すべての女性がその生き方に自信を持ち、活躍できる社会をつくるため、総合的かつ大胆な政策を進めてもらいたいと期待しています」との安倍首相の期待に応える活動ができるのだろうか。

 NHKの朝ドラ「花子とアン」に出てきた戦時中の国防婦人会幹部女性たちの居丈高な言動のような“コワサ”を感じさせる“顔ぶれ”だ。

 これらの人とは資質の“格”が違う小渕優子さんが、原発問題にどう取り組むか注視していただけに、今回の辞任はザンネンだ。将来の女性首相候補の一人として再出発を!


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2014/10/23 09:17 2014/10/23 09:17


文ちゃんがツブヤク!

                    2014年9月12日(金)

 シッカリ! 朝日新聞  

 朝日朝刊の一面を見て、驚いた。5月20付の“吉田調書”をめぐる報道記事に関連して、木村伊量社長の「みなさまに深くおわびします」が載っていたからだ。

その記事は福島第1原発所長吉田昌郎氏(故人)が政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果」(“吉田調書”)を入手して報じた、いわば“特ダネ”だった。

 要約すると、「東日本大震災4日後の朝、福島第1原発にいた東電社員の9割の約650人が、吉田所長の待機命令に違反して10キロ南の福島第2原発に撤退した」で、この吉田発言から過酷な事故の教訓を引き出し、政府に全文の公開を求める内容だった。

 それから随分と経った8月、産経新聞、読売新聞、共同通信などの新聞メディアから、

「命令違反の撤退ではなく“退避”だったのではないか」と、朝日の誤謬の指摘が相次いだという。 

 朝日の記事には、ほとんどの所員が第2原発へ退避したことについて吉田さんが「しょうがないな」と語った言葉もあるが、調書では「2F(第2原発)に行った方がはるかに正しいと思った」と語っており、それを記事に書かなかったことが公正さを欠いていると批判されたようだ。

 政府は当初、公開を望まないという吉田調書の上申書を理由に公開しなかったとされ、朝日の特ダネ報道がなければ、吉田調書やほかの証言(菅直人元首相ら当時の政権中枢メンバーら19人の分も公開された)の中身が闇に葬られた可能性はあるようだ。

 朝日の記事の特徴で、取材記者の信念と問題意識への思い込みから、強い論調や見出しになることが少なくないが、“報じるべきもの”を報じない新聞メディアに比べれば、社会的使命感の“前のめり”と感じられなくもない。

 今日の朝刊掲載「政治家の調書概要」で、菅直人、枝野幸男(元官房長官)、細野豪志(元首相補佐官)らの分を読むと、事故発生当時の緊迫した状況が生々しく甦ってくる。見苦しいほどモタモタした東電本社幹部たちと現地で獅子奮迅の指揮をとる吉田所長との信じられないほどの責任感ギャップを感じたのは確かだ。

 枝野氏が調書要約掲載に付したコメントに、「検証を国民的視点でやる上で、情報公開は大変喜ばしい。ただ、私の調書は私が求めた何倍もの黒塗りが政府によってされている」とあるのは、とても気がかりだ。

 前回の“ツブヤキ”で、朝日の“慰安婦問題の特集記事”を取り上げた池上 彰さんのコラム掲載を見合わせたことについて、「ガンバレ!池上 彰さん」を書いた。

 木村社長は今朝の“おわび”で、「裏付け取材の不十分と「コラム」の掲載躊躇を反省します」と池上さんの主張を受けとめたので、氏の「コラム」執筆の継続に期待したい。

朝日が“慰安婦問題、核心は変わらず、河野談話、吉田証言に依拠せず”の見出し記事(28日朝刊)で、河野談話への影響はないと結論づけたことを多とするので、応援の気持ちをこめて、今日のツブヤキの表題を「シッカリ! 朝日新聞」とした。
二つの反省を糧に、いっそう公明正大で正義感に満ちた報道に努めてもらいたい。

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2014/09/12 18:47 2014/09/12 18:47


 文ちゃんがツブヤク!

                     2014年9月6日(土)


 ガンバレ! 池上 彰さん

94日付朝日朝刊の「新聞ななめ読み」を見て驚いた。池上彰さんが公憤と共に書いている前書きに、2007年から綿々と続いてきた長期連載記事の掲載を、なぜか朝日新聞が躊躇ったとあったのだ。なにがあったかと思ったが、96日付朝刊の「池上彰さんの連載掲載見合わせ 読者の皆様におわび、説明します」を読んでも、経緯のあらましはともかく、事の真相は一向に分からない。

東京本社報道局長の署名入り“詫び状”には、8月上旬の「慰安婦問題特集」以来、“関係者への人権侵害や脅迫的な行為、営業妨害的な行為がつづいた”とあるが、その関係者がどんな人たちなのか、「こうした動きの激化を懸念して池上さんの原稿に過剰に反応した」の弁明も、一体、池上さんの記事が“こうした動きの激化”とどう関わっているのかが見えず、隔靴痛痒の感を免れないのである。

それは、池上さんに「このままの掲載は難しい」と伝え、修正の余地があるかどうかを打診した、その肝心な箇所が分からないからである。強いていえば、「虚偽」と判断した人物の証言を32年前に掲載した過ちへの謝罪を渋ったのではないか。

それは、日本人のみでも310万人もの命を奪った無謀な戦争で、翼賛的報道をしたことを反省した朝日(国家的暴力の厳しい言論統制下ではやむをえなかったと思われるが、他社より明確に懺悔した)らしからぬことではなかったか。報道局長も(安倍首相同様に)、あの戦争を知らない世代の危うさを持つ人物なのか。

池上さんは、NHKの子供向け番組で時事問題を分かりやすく解説して市井の評価を高めた人で、朝ドラ「花子とアン」の今日(6日)のシーンのように、戦時下の報道規制の恐るべき実体をよく勉強しているようだが…。

「虚偽」証言に疑問を投げかける記事を掲載した産経新聞の意図が何だったのかは、憶測するほかないが、安倍政権のスタンスに近いものだったのではなかろうか。

だが、朝日が、その時点で裏付け取材をすべきだったとする指摘は妥当で、戦時下の報道の反省をした朝日らしい率直な謝罪表明をすべきだと忠告したのは、いかにも真摯な言論人の池上さんらしい。

皮肉なことに、危うげな“安倍政権の行方”を懸念している点では大差のない双方の確執から、棚ぼた的な漁夫の利を得ているのは、安倍首相と“お友達”らである。

掲載が遅れた「新聞ななめ読み」と同ページの「論耕」に、三人の論客(金田一秀穂・守 和彦・小林よしのり・敬称略)の記事があり、そのいずれもが、安倍首相の“危うさ”に厳しく言及しているが、中でも、小林よしのり氏の論には全く同感である。

池上彰さんは、「朝日の記事が間違っていたからといって“慰安婦”と呼ばれた女性たちがいたことは事実で、これを今後も報道することは大事なこと」と述べている。

今回の一件で「河野談話」にケチがついたと喜ぶ人たちへの警告ではなかろうか。

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2014/09/08 17:55 2014/09/08 17:55

文ちゃんがツブヤク!

                     2014年815日(金)


70
回目の敗戦日と長崎平和宣言

  
 

 

 
  今日は
70回目の“敗戦日”。縁故疎開先のラジオで聴いた天皇のくぐもった声と、それをさらに聞き取り難くしたクマゼミの大合唱を思いだす。

 晴天に轟きわたるクマゼミの声に消されし天皇の声   ふみを疎開先は父親の実家(本家)の跡取りの一人息子は大陸で戦病死しており、敗戦の1週間前88日の福山大空襲で、転入学した引野国民小学校が半焼した。福山城の足許に並んでいた安部一族の家々(妻お千代の父は七男)は全焼したが、中腹に建つ本家の大邸宅は焼失を免れ、間もなくやってきた進駐軍司令部に徴用された。

 ヒロシマとナガサキに原爆が投下されたのは、その前後の6日と9日だったが、広島鉄道管理局に単身勤務していた父親は、実家の離れ座敷に間借りする私たちの所へ来ていて、直接被曝を免れたのは幸いだった。(翌々日広島へ戻り、広島駅から管理局まで歩いて道路や河川に横たわる死屍累々を目撃した間接被曝で、原爆手帳を受けた)

 国民の多くが勝てると思はなかった無謀な戦争末期、726日のポツダム宣言を受け入れていれば多大の無辜の死や損害を避けられたと想うのは、歴史的出来事の“タラレバ”であろうか。

 9日の長崎平和祈念式典で田上富久市長が読み上げた平和宣言の安倍政権による集団的自衛権の行使容認について触れた点で、自民党衆院議員の一人が、「平和を維持するための政治的選択について語りたいなら、長崎市長を辞任して、国政に出ることだ」と批判した。

 この宣言は、被爆者や大学教授ら14人の起草委員会の論議を踏まえて市が作成したとされる。毎年のヒロシマ・ナガサキ平和宣言は国の内外で注目されてきたが、秋葉元市長の歯切れのいい宣言とはやや趣を変えた今年の広島市長の平和宣言に、集団的自衛権への言及はなかった。

 平和を希求する式典や運動が政治的な思惑で乱されるのは残念だが、米国によるビキニ環礁水爆実験の第5福竜丸被曝事件で、核兵器廃絶を求める国民運動が盛り上がり、「第1回原水爆禁止世界大会」(1954年)を機に結成された「原水爆禁止日本協議会」が見解の相違から対立・分裂し、両市の被爆者・市民の批難を受けた。

長崎平和式典のすぐ後、「地雷廃絶日本キャンペーン」代表北川泰弘さんから、田上長崎市長が集団的自衛権の行使容認への懸念を宣言で取り上げたことへの個人的な賛意を世界の友人に伝えた英文レターがメールで届いた。

友人で建築家の益田敏夫さん(千葉県原爆死没者慰霊式典実行委員長)からは、われらが街浦安(非核宣言都市)の松崎秀樹市長が式典に参列して、党派を超えた幅広い国民的核廃絶運動の大切さを話し合ったと聞いた。

 田上長崎市長の宣言が、福島原発事故に言及した点でも大いに敬意を表したい。


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2014/08/16 05:48 2014/08/16 05:48

文ちゃんがツブヤク!

            2014年8月13日(水)


続々 
安倍政権の行方        

                


  第1次安倍政権ではいちはやく中国を訪問した安倍首相だが、今回の第2次政権では、外相同士がやっと2年ぶりに会談できたばかりだ。発足時の菅官房長官が、「安倍政権がする中国・韓国の反対を逆なでするような靖国参拝で、両国の反日感情に油を注ぐ役割を見事(?)に果たしたというほかない。

多大な問題を抱える中・韓の両国政権が、反日という格好の“目眩まし”を国民に与え、愛国心を煽る手助けをした国益に反する愚行ではないか。

 米国でさえ仮想敵国視していない中国を封じ込めるかのような発言をG7で表明して、ウクライナ問題で足並みのそろわぬEU諸国首脳の眼をアジアに向けさせたと自画自賛した安倍首相は、不安定なウクライナ・トルコの政権と安全保障関係の緊密化を図り、アフリカ・中南米では中国の後塵を拝した経済視察団同伴のバラマキ経済外交などで、“私がキメたことを私の思いどおりにヤル!”のパフォーマンスを精力的に展開しているが、側近の思いつきでないシッカリした長期戦略があるのだろうか。

 シリア・ウクライナ問題、北方領土の軍事演習などで強硬姿勢のプーチン大統領の来日や、核と切り離して拉致問題の折衝を北朝鮮と進める安倍首相の“前のめり”に眉をしかめるオバマ政権に、ISISの侵攻によるイラクの国家的緊急事態の打開策が迫られている今、アメリカの戦場で共に戦うという積極的平和主義は、一体なにをしようとしているのか。

 その行方が国の内外から危ぶまれる安倍政権だが、アベノミクスによる200兆円もの国債買い入れで通貨をジャブジャブと市場に流した結果、実体経済に回らない金が株式市場に注がれて上昇した株価を景気回復と勘違いしたお人好しの国民に、ある種の期待感をもたせてきたようだ。

「特定秘密保護法」に次いで「集団的自衛権行使」をめぐる憲法改正から解釈憲法への危うげな推移には、あきれ果てたというほかない。

 アベノミクスの3本目の矢の成果見通しが見えにくいなか、消費税値上げで得る財源の社会保障制度一体化の政策決定や千兆円を超えた国家の借金を削減するための国会議員・公務員の定数削減などの前途もあいまいなままである。

 雇用動態の変革や女性の社会進出についての盛んな掛け声も、キナ臭い戦争の足音が高くなる中で弱まるのではないか。

集団的自衛権行使を容認した公明党幹部に対して創価学会婦人部の多くの人たちが、かなりの地方議員と共に「ノー」を突きつけたように、女性国民の安倍政権への支持率が急速に下がり始めている。

 歴史観をめぐる対立が深まる東アジアと対照的に、第1次大戦から百年目の歴史的節目を迎える欧州では、ことあるごとに各国首脳が集い、かつての敵対関係を超えて、戦争の記憶の共有が進んでいるという。


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2014/08/14 12:38 2014/08/14 12:38