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  1. 2011/05/19 「文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ―16)


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「文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ―16)                                           2011年5月X(X)


 すばらしい五月晴れの朝だ。住宅地内の花見の定設場“クジラの背”の潮吹き穴から青空を見上げると、周りを囲むケヤキと桜の梢の新緑が光に煌めいて美しい。タブの林を抜けて見明川沿いの遊歩道に出る。伝平橋にはもう、稚鮎を釣り上げる人の姿はない。

毎朝のように、橋の袂のコンビニでかんコーヒーを買い、橋を渡って桜並木の遊歩道を「ふれあいの森公園」をめざして歩く。

 途中の東屋の手前に、川面に降りてゆく階段があり、歌の屋外練習場にしている。

 今朝は、特養老人ホーム・愛光園の6月訪問で唄う『都鳥』の練習をした。三味線のYさんから戴いた、芳村伊十郎の唄の音源をなぞって声を出す。小唄調長唄の詞と音曲はえも言えず情緒纏綿として、つい、想いが籠もる。

 辺りに人影がないので、対岸に向かって声を張り上げた途端、一羽のカラスが近くの柵に飛んできて、三米ほどのところで眼をキョロつかせ、私を見ている。長唄とカラスの声の周波数に似ている音程があるのか、時折、カラスも奇妙な声を出している。

 そういえば、日本建築学会男声合唱団で「東京都シニア男声合唱コンクール」に出場したとき、審査結果の発表までかなり時間があって訪れた井の頭公園の池の畔で、組曲「沙羅」の『鴉』を口ずさんだときもカラスが傍の柵にやって来た。公園入口の老舗で仕入れた焼鳥の匂いに釣られたのか、『鴉』の清水重道の詩さながら、ひょうきんなヤツだった。

 歌は、人間や小鳥たちだけでなく、クジラや魚、犬や蛙も唄っていると思っている。『都鳥』を二回ほど唄う間に、聴き飽きたかのようにカラスは飛んでいった。

 ふれあいの森のビオトープの池に紅と白の睡蓮が開き、池にそそぐ流れにカキツバタと河の骨が咲いていた。ウッドデッキの傍の花壇には、たくさんの牡丹と芍薬のピンクと黄の大輪が咲き誇っていた。

 毎年、古代赤米を植えて収穫する小さな二枚田で、番の鴨がせわしげに嘴で水の中を

物色している。ニホンアカガエルのお玉杓子でも狙っているのか。県の保護動物指定の

絶滅危惧種と、鴨は知らないのだ。

 番の朝食の邪魔をしないように、流れを挟んだベンチに腰掛けた。背に射す朝の光で、そばの枝垂れ柳の影が足元にゆれている。

ふと、オサマ・ビン・ラディンのことが頭をよぎった。殺害が発表された直後の夜、ホワイトハウス前の広場で星条旗を振りかざして熱狂する若者たちの顔は喜びに溢れていた。午前一時を過ぎても、唄い、踊り、歓声を上げつづけた。

米国史で屈辱的な事件当時に小中高生だった彼らは、「9.11世代」と呼ばれるそうだが、アメリカ資本主義のシンボルの世界貿易センター(TWC)を破壊したテロの首領を憎悪したにちがいない。私たちが、太平洋戦争の敵国を「鬼畜米英」と信じたように、事件の背景にある米国憎悪も分からず、大人が語る無念さを信じるほかなかったのだ。

 バッファローの群れかのように原住民インディアンを殺戮する西部劇映画の反面で、

「善人サム」をもつ米国の若者が、丸腰の敵を寄ってたかって殺したことに歓喜したのは、インターネットで空前の献金を集めオバマ大統領誕生の原動力となった彼らの素直な祝福だったとしても、オバマ大統領の「チェンジ」の行方が気がかりだ。


2011/05/19 14:41 2011/05/19 14:41