'東北関東大震災'に該当される記事2件

  1. 2011/03/26 「文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ―2)
  2. 2011/03/23 「文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ-1)  

「文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ―2)   

                                      
 2011
年3月2ⅹ日(ⅹ)

 

 福島原発の危機的事態は、依然として予断を許さない状況だ。関係者の必死の苦闘が

不眠不休でつづけられている。東京消防庁の福島第一原発への放水作業を指揮した隊長

らのテレビ会見の画面に、思わずねぎらいの言葉をかけた。

自衛隊・消防・警察など国の機関の隊員・署員は、国民の生命財産を守る重大な役割を担っている。この命がけの危険作業に出動した夫を、健気に励ました妻たちがいた。

その一方で、またあの知事の登場だ。官邸を訪ね、政府関係者の隊長への指示不適切と放水車が壊れたことに抗議したという。“国難”対処の総指揮官として多忙極まりない菅総理に、そんな難癖をつけに行くとは児戯にもひとしい行為である。 
 

報道陣にもアピールしたようだが、来月行われる都知事選を意識したパフォーマンスと見る都民も少なくないだろう。あの“天罰発言の直後、彼を揶揄する川柳が新聞に掲載された。己の言葉なら、”兵隊“(隊員か?忌まわしい戦時を思い出す)が命をかけてくれるとでも言いたいのだろうか。何様のつもりなのか!

彼には、“愛国心”や“自由”の言葉を振りかざして、アメリカの“良心たち”を蹂躙・抹殺した、あのマッカーシー議員に重なるイメージをぬぐいきれない。

東日本大震災の陰で最近まで報じられなかった浦安の被災を知った学友・元職場仲間・友人・知人から、つぎつぎと見舞いの電話やメールが届くようになった。ありがたい。

 481戸のわが住宅団地内の水・ガス供給が、二、三日前から相次いで復活したが、

広い範囲の下水道の復旧見込みは立たず、トイレの“大”以外の生活排水は庭の雨水桝に流すよう指示され、風呂・洗濯は厳禁だ。

断水で高層マンションから避難した娘一家の街区では下水道が使えるので、給水再開でトイレ・風呂・洗濯が可能となり、戻った娘から入浴と洗濯にくるよう言ってきた。

その日、ディズニーリゾートのホテル群が浦安市民に入浴サビースを始めたとの報。早速出掛けて12日ぶりに入浴した。立派な大浴場で手足をのばして湯に浸っていると、天国に湯浴みする心地だったが、寒さのなかで震えている被災地のお年寄り、災害の爪痕と闘っている関係者らに申し訳ないとも想った。

32年同期入社「三二会」の仲間数人から届いた見舞いメールに、仲間の一人K君宅が液状化現象で傾いて困惑しているとあった。訪ねると、ゴルフボールが容易に転がる床の傾斜だ。生活インフラのダウンで不自由している私には、メールを遠慮したと言う。やさしい人柄の彼ならでは。

 住友林業に勤める息子に連絡し、修復工事の相談にのる手配を頼む。リフォーム専門の子会社では震災の被害住宅の調査依頼・復旧工事が山積しているそうだ。上屋を建替えず、沈下した基礎だけを作り直す「建屋横引き工法」のスペースがとれるかどうか。費用も決して安くはないというが、建替えるほどに掛かるのなら意味がない。

K君のご近所・市内各所で同種被害が少なくないようだから、新しい工法を考案してはどうか。注文が多ければ、傾斜修復の新機械化システムも十分にペイするだろう。

復興への迅速で経済的な創意工夫が、さなざまな分野で生まれることを期待したい。

それにしても、喫緊の問題は福島原発の危機的状況の沈静化で、関係者の尽力成功を祈るばかり。被災地の日々を報じるテレビ像を、世界の目が見守り、励ましている。



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2011/03/26 16:07 2011/03/26 16:07


文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ-1)  
    
 
                
                                   2011320
日(日)

 

 

  まさに晴天の霹靂の東日本大地震だった。マグニチュードが8.8から 9.0に訂正されたほど、千年に一度くらいの未曾有の巨大地震という。建築家の私もビックリ仰天。

 そのとき私は、書斎のパソコンで、原稿締切りが数日後の『アラブと私』の原稿執筆二余念がなかった。

 ゆっくり始まったかなりの揺れで、正面の書棚の本が二、三冊落ちた。揺れはしだいに大きくなってきた。背面の書棚の上部には、重い大判の美術書がぎっしりと天井まで

積んである。一斉に頭上に雪崩れると危ない。私は、急いで廊下に飛び出した。

 リビングダイニングにいたお千代は、大事な食器戸棚の扉が開かないようけんめいに押し返している。私もいっしょになって戸棚全体を支えたが、かってない長くて大きい

地震動に、生まれて初めての恐怖を感じた。これは大変なことになるぞ!

 あれからはや十日が経った。

 わが浦安も被災地となった。小さな漁村の海を埋立てて拡張した街の海側半分の地区が液状化現象に見舞われたのだ。いたる所で道路や歩道の隆起陥没が生じて、泥水と砂が噴出して堆積した。私たちが住むテラスハウス住宅団地内の道路の一部も同じ状況だ。

 大きく揺れた住戸に損傷はまったくなかったが、ガス・水道はピタリと止まった。

 幸い電気はきており、テレビに映し出される巨大津波が襲う被災地の惨状から、終日、目が離せなかった。市内の海に近い19階建て高層マンションに住む娘からの電話で、16階の住戸内のほとんどの家具が転倒し、壁掛けの額の落下とペンダント照明の衝突で、家じゅうガラスの破片で足の踏む場所もないという。ガス・水道は遮断。

 渋谷幕張中学一年の孫遥大は幕張の校舎にいるはずだが、連絡がとれないという。

 会社員の婿ドノと息子健の安否は、それぞれのケイタイで、銀座と新宿のオフィスに無事との連絡があり、ひとまず安堵。娘は、3年前にバンコクから一緒に帰国した愛犬

トビーを連れて、わが家に緊急避難してきた。トイレが使えない高層住宅からの脱出だ。

 家に着くやいなや、人目のつかない庭の隅でガマンしていた小用を足す。娘は豪胆!

 十日間見つづけてきた、地震・津波・原発破損の三重の被害に苦悩する被災者の姿に、言葉もない。私たちの生活インフラ遮断による不便など、タカがしれている。

 地震・津波に被災した福島原発の危機的状況は予断を許さないが、最悪の事態回避に命がけで立ち向かっている全ての関係機関の方々の姿には、感動し、感謝している。

 地震から9日の昨日、つぶれた家の中から、80歳の祖母と孫の16歳男性が、奇跡的に発見・救助された。一万数千人とされる行方不明者の中のお二人だったのだ。

 今朝のテレビで、不自由な避難場所で9日ぶりに温かい汁わんを抱えて啜る人たちの笑顔を見た。一方で、半壊の自宅でがんばる人たちへの救援物資が届かないという。

でも、神戸淡路大地震で自発的に秩序立てられた避難所運営の経験とノウハウ、あのとき目を見張った若いボランティアの活躍などが、これからは期待できると信じたい。

それにひきかえ、あの東京都知事の不謹慎きわまりない言葉は、相変わらずの“暴言”として黙視することはできない。東京都民があの男を知事として再選するなら、日本の未来は絶望的と言わざるをえない。各政党こぞって、日本列島の復興に献身して欲しい。

 昨夜来の半徹夜で『アラブと私』の原稿残部を書き、締切りに間に合った。ヤレヤレ!! 



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2011/03/23 14:56 2011/03/23 14:56