「3.11」 は続いている

                                    松 本 文 郎

 

東日本大震災から一年が経とうとしているが、「3.11」の被災者の苦難は延々と続いている。

 福島第一原発事故の20キロ圏内の町村や田畑の復旧・復興の構想も、まだ定かではない。

 膨大な損害賠償や汚染除去の費用を負担すべき東京電力の経営は破綻寸前といわれ、国有化の論議もなされている。

書斎で『アラブと私』の原稿を書いていた私が、初めて体験した震度6弱の激震で、市街地大半が海浜埋立地の浦安は甚大な液状化被害を受けた。 

 道路・下水道などのインフラや住宅の被害額は、激甚災害認定額で4百億近く、完全復旧に必要な総額は、その二倍を上回ると算定されている。

 国費で実施する復旧工事には年限があり、短期間に工事が集中すると被災時を上回る交通渋滞がじるという。

 震災を契機に書き始めたT新聞社編集・管理の「松本文郎のブログ」の『文ちゃんの浦安残日録』の数回分は、身辺の被災状況の報告に終始したが、本誌109号に、『東日本大震災報告』として転載してもらった。

 110号には、朝日新聞社公募「東日本大地震復興構想」の提言論文に応募した拙文を寄稿した。

『東日本大震災後の日本のエネルギー政策』と題し、「脱原発」をめざす提言をしたもので、その要旨に加筆して箇条書きで記す。

  

プロメテウスの火のような核エネルギーを人間はコントロールすることができる のか。 

・私をふくむ国民の大半が信じてきた「原発の安全神話」が崩れて、人間が核エネルギーをちゃんとコントロールできるかどうかが問われている。

・ヒロシマ原爆を疎開で免れた私には、被爆直後、広島市内の勤務先に戻った父親から聞いた田地獄の惨状のイメージが、脳裏に焼きついている。 

 ・ヒロシマ・ナガサキの被曝で原子放射能の恐怖に晒された日本で、スリーマイル島・チェルノブイリ原発の事故の再演が生じたのは、遺憾な事態である。

・DNAを傷つけ、地球上の全生命の存続を危うくする原子放射能は、原爆・原発のみならず、原子力空母・原潜での重大事故でも生じる。

 

地震の巣のような日本列島に、原発事故を絶対生じない安全な立地条件があるのか。

・精巧・複雑な技術構築物の原発施設には、地震・津波の他の外力で破壊される可能性があるが、万全の対策はありえないのではないか。

・人口密度が高く、狭い国土の六十%が森林のわが国で、福島原発以上の危機的事故で高い放射能が撒き散らされば、汚染除去は不可能に近い。

・海に浮かぶ日本列島の原発事故の被害は、海流や大気によって広く拡散し、世界中に    重大事態をもたし、経済的、政治的な孤立をまねく。

・使用済み核燃料の永久保存場所・格納方法も明確でないわが国で、核燃料再処理工場の備蓄容量さえ余裕がない。脱原発を決めたドイツでも論議されている。

豊かな地球環境と人類社会の安全のために、福島原発事故を天啓ととらえてはどうか。
豊かないのちを育む地球の海と大気を致命的に放射能汚染する可能性のあるものの
  廃絶を、国際社会が決意する絶好のチャンスは今だ。

・ドイツ・イタリア国民の「脱原発」の選択は、西洋近代人の合理的精神の光の部分であり、これをヒステリーと評する日本人は、前近代の輩ではなかろうか。

・脱原発をめざす過程では、化石燃料(石油・LPG)に頼る必要もあるが、いずれ枯渇する資源である。再生可能自然エネルギー開の開発に人類の叡智を結集すべし。

・国土や資源をめぐる戦争・紛争に明け暮れた人類史の汚点を拭い、安寧の幸福を求める
 価値観を国際社会が共有することに努めたいものだ。

 

○少子高齢化の先進国として、モデル社会の構築に専心とりくむのが、明日の日本だ。

・育児手当・保育施設の充実で子供を育てる意欲と環境をを満たし、定年延長で高齢者の 経験と知恵を生かし、社会の経済活力を維持する。

・高度なものづくり技術を国内で維持向上させ生産拠点の海外移転を補完し、新しいライフスタイルの発想に基づく商品開発で世界をリードする。

・海外では、健康志向の和食、すぐれた伝統工芸、マンガ・アニメ、若い女性ファッション、日本人的おもてなし文化などが注目されはじめている。

・高度経済成長期の画一的な大量生産・消費から、多様な価値観と暮らし方を尊重する社会へのグローバルな転換の先導的役割を担う日本に。

 

 いま運転中の原発五基は、定期点検で間もなく止まり、運転再開の是非が論議されている原発もあって、この夏は、原発による電力供給がないとの見方も出ている。

 昨年夏の国民こぞっての節電努力をさらに進め、家庭・公共の電力消費量を飛躍的に下げることが、喫緊の課題である。

 敗戦直後の星空の美しさ、ローソクの灯が揺れる暮らしの穏やかさへの回帰を言うつもりはないが、真昼かとまごう照明のあふれる都会生活に、日本古来の自然と融和したライフ・スタイルを取り戻すのは、「ガマン」の生活ではない。

 団塊の世代以前の高齢者にはアメリカ文化にどっぷり浸る前の暮らしの感覚が残っている。

 飽満な暮らしで生活習慣病に罹り、数多の薬を処方され、膨大な健康保険費用を使い、薬漬けの老後を鬱々と過ごすよりも、自助努力で心身を鍛え、趣味と人付き合いの豊かな人生の実りの秋を享受してはどうか。

「3.11」の被災者の苦難に想いを寄せながら、高齢の私たちが、敗戦後の苦難のなかの質実剛健な暮らしを再演する試みもよいではないか! 

 

    *日本ジャーナリスト会議「広告支部ニュース」vol.1172012.3月号掲載)




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2012/03/14 18:13 2012/03/14 18:13

「文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ―2)   

                                      
 2011
年3月2ⅹ日(ⅹ)

 

 福島原発の危機的事態は、依然として予断を許さない状況だ。関係者の必死の苦闘が

不眠不休でつづけられている。東京消防庁の福島第一原発への放水作業を指揮した隊長

らのテレビ会見の画面に、思わずねぎらいの言葉をかけた。

自衛隊・消防・警察など国の機関の隊員・署員は、国民の生命財産を守る重大な役割を担っている。この命がけの危険作業に出動した夫を、健気に励ました妻たちがいた。

その一方で、またあの知事の登場だ。官邸を訪ね、政府関係者の隊長への指示不適切と放水車が壊れたことに抗議したという。“国難”対処の総指揮官として多忙極まりない菅総理に、そんな難癖をつけに行くとは児戯にもひとしい行為である。 
 

報道陣にもアピールしたようだが、来月行われる都知事選を意識したパフォーマンスと見る都民も少なくないだろう。あの“天罰発言の直後、彼を揶揄する川柳が新聞に掲載された。己の言葉なら、”兵隊“(隊員か?忌まわしい戦時を思い出す)が命をかけてくれるとでも言いたいのだろうか。何様のつもりなのか!

彼には、“愛国心”や“自由”の言葉を振りかざして、アメリカの“良心たち”を蹂躙・抹殺した、あのマッカーシー議員に重なるイメージをぬぐいきれない。

東日本大震災の陰で最近まで報じられなかった浦安の被災を知った学友・元職場仲間・友人・知人から、つぎつぎと見舞いの電話やメールが届くようになった。ありがたい。

 481戸のわが住宅団地内の水・ガス供給が、二、三日前から相次いで復活したが、

広い範囲の下水道の復旧見込みは立たず、トイレの“大”以外の生活排水は庭の雨水桝に流すよう指示され、風呂・洗濯は厳禁だ。

断水で高層マンションから避難した娘一家の街区では下水道が使えるので、給水再開でトイレ・風呂・洗濯が可能となり、戻った娘から入浴と洗濯にくるよう言ってきた。

その日、ディズニーリゾートのホテル群が浦安市民に入浴サビースを始めたとの報。早速出掛けて12日ぶりに入浴した。立派な大浴場で手足をのばして湯に浸っていると、天国に湯浴みする心地だったが、寒さのなかで震えている被災地のお年寄り、災害の爪痕と闘っている関係者らに申し訳ないとも想った。

32年同期入社「三二会」の仲間数人から届いた見舞いメールに、仲間の一人K君宅が液状化現象で傾いて困惑しているとあった。訪ねると、ゴルフボールが容易に転がる床の傾斜だ。生活インフラのダウンで不自由している私には、メールを遠慮したと言う。やさしい人柄の彼ならでは。

 住友林業に勤める息子に連絡し、修復工事の相談にのる手配を頼む。リフォーム専門の子会社では震災の被害住宅の調査依頼・復旧工事が山積しているそうだ。上屋を建替えず、沈下した基礎だけを作り直す「建屋横引き工法」のスペースがとれるかどうか。費用も決して安くはないというが、建替えるほどに掛かるのなら意味がない。

K君のご近所・市内各所で同種被害が少なくないようだから、新しい工法を考案してはどうか。注文が多ければ、傾斜修復の新機械化システムも十分にペイするだろう。

復興への迅速で経済的な創意工夫が、さなざまな分野で生まれることを期待したい。

それにしても、喫緊の問題は福島原発の危機的状況の沈静化で、関係者の尽力成功を祈るばかり。被災地の日々を報じるテレビ像を、世界の目が見守り、励ましている。



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2011/03/26 16:07 2011/03/26 16:07


文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ-1)  
    
 
                
                                   2011320
日(日)

 

 

  まさに晴天の霹靂の東日本大地震だった。マグニチュードが8.8から 9.0に訂正されたほど、千年に一度くらいの未曾有の巨大地震という。建築家の私もビックリ仰天。

 そのとき私は、書斎のパソコンで、原稿締切りが数日後の『アラブと私』の原稿執筆二余念がなかった。

 ゆっくり始まったかなりの揺れで、正面の書棚の本が二、三冊落ちた。揺れはしだいに大きくなってきた。背面の書棚の上部には、重い大判の美術書がぎっしりと天井まで

積んである。一斉に頭上に雪崩れると危ない。私は、急いで廊下に飛び出した。

 リビングダイニングにいたお千代は、大事な食器戸棚の扉が開かないようけんめいに押し返している。私もいっしょになって戸棚全体を支えたが、かってない長くて大きい

地震動に、生まれて初めての恐怖を感じた。これは大変なことになるぞ!

 あれからはや十日が経った。

 わが浦安も被災地となった。小さな漁村の海を埋立てて拡張した街の海側半分の地区が液状化現象に見舞われたのだ。いたる所で道路や歩道の隆起陥没が生じて、泥水と砂が噴出して堆積した。私たちが住むテラスハウス住宅団地内の道路の一部も同じ状況だ。

 大きく揺れた住戸に損傷はまったくなかったが、ガス・水道はピタリと止まった。

 幸い電気はきており、テレビに映し出される巨大津波が襲う被災地の惨状から、終日、目が離せなかった。市内の海に近い19階建て高層マンションに住む娘からの電話で、16階の住戸内のほとんどの家具が転倒し、壁掛けの額の落下とペンダント照明の衝突で、家じゅうガラスの破片で足の踏む場所もないという。ガス・水道は遮断。

 渋谷幕張中学一年の孫遥大は幕張の校舎にいるはずだが、連絡がとれないという。

 会社員の婿ドノと息子健の安否は、それぞれのケイタイで、銀座と新宿のオフィスに無事との連絡があり、ひとまず安堵。娘は、3年前にバンコクから一緒に帰国した愛犬

トビーを連れて、わが家に緊急避難してきた。トイレが使えない高層住宅からの脱出だ。

 家に着くやいなや、人目のつかない庭の隅でガマンしていた小用を足す。娘は豪胆!

 十日間見つづけてきた、地震・津波・原発破損の三重の被害に苦悩する被災者の姿に、言葉もない。私たちの生活インフラ遮断による不便など、タカがしれている。

 地震・津波に被災した福島原発の危機的状況は予断を許さないが、最悪の事態回避に命がけで立ち向かっている全ての関係機関の方々の姿には、感動し、感謝している。

 地震から9日の昨日、つぶれた家の中から、80歳の祖母と孫の16歳男性が、奇跡的に発見・救助された。一万数千人とされる行方不明者の中のお二人だったのだ。

 今朝のテレビで、不自由な避難場所で9日ぶりに温かい汁わんを抱えて啜る人たちの笑顔を見た。一方で、半壊の自宅でがんばる人たちへの救援物資が届かないという。

でも、神戸淡路大地震で自発的に秩序立てられた避難所運営の経験とノウハウ、あのとき目を見張った若いボランティアの活躍などが、これからは期待できると信じたい。

それにひきかえ、あの東京都知事の不謹慎きわまりない言葉は、相変わらずの“暴言”として黙視することはできない。東京都民があの男を知事として再選するなら、日本の未来は絶望的と言わざるをえない。各政党こぞって、日本列島の復興に献身して欲しい。

 昨夜来の半徹夜で『アラブと私』の原稿残部を書き、締切りに間に合った。ヤレヤレ!! 



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2011/03/23 14:56 2011/03/23 14:56