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  1. 2012/03/14 「3.11」 は続いている

 

  「3.11」 は続いている

                                    松 本 文 郎

 

東日本大震災から一年が経とうとしているが、「3.11」の被災者の苦難は延々と続いている。

 福島第一原発事故の20キロ圏内の町村や田畑の復旧・復興の構想も、まだ定かではない。

 膨大な損害賠償や汚染除去の費用を負担すべき東京電力の経営は破綻寸前といわれ、国有化の論議もなされている。

書斎で『アラブと私』の原稿を書いていた私が、初めて体験した震度6弱の激震で、市街地大半が海浜埋立地の浦安は甚大な液状化被害を受けた。 

 道路・下水道などのインフラや住宅の被害額は、激甚災害認定額で4百億近く、完全復旧に必要な総額は、その二倍を上回ると算定されている。

 国費で実施する復旧工事には年限があり、短期間に工事が集中すると被災時を上回る交通渋滞がじるという。

 震災を契機に書き始めたT新聞社編集・管理の「松本文郎のブログ」の『文ちゃんの浦安残日録』の数回分は、身辺の被災状況の報告に終始したが、本誌109号に、『東日本大震災報告』として転載してもらった。

 110号には、朝日新聞社公募「東日本大地震復興構想」の提言論文に応募した拙文を寄稿した。

『東日本大震災後の日本のエネルギー政策』と題し、「脱原発」をめざす提言をしたもので、その要旨に加筆して箇条書きで記す。

  

プロメテウスの火のような核エネルギーを人間はコントロールすることができる のか。 

・私をふくむ国民の大半が信じてきた「原発の安全神話」が崩れて、人間が核エネルギーをちゃんとコントロールできるかどうかが問われている。

・ヒロシマ原爆を疎開で免れた私には、被爆直後、広島市内の勤務先に戻った父親から聞いた田地獄の惨状のイメージが、脳裏に焼きついている。 

 ・ヒロシマ・ナガサキの被曝で原子放射能の恐怖に晒された日本で、スリーマイル島・チェルノブイリ原発の事故の再演が生じたのは、遺憾な事態である。

・DNAを傷つけ、地球上の全生命の存続を危うくする原子放射能は、原爆・原発のみならず、原子力空母・原潜での重大事故でも生じる。

 

地震の巣のような日本列島に、原発事故を絶対生じない安全な立地条件があるのか。

・精巧・複雑な技術構築物の原発施設には、地震・津波の他の外力で破壊される可能性があるが、万全の対策はありえないのではないか。

・人口密度が高く、狭い国土の六十%が森林のわが国で、福島原発以上の危機的事故で高い放射能が撒き散らされば、汚染除去は不可能に近い。

・海に浮かぶ日本列島の原発事故の被害は、海流や大気によって広く拡散し、世界中に    重大事態をもたし、経済的、政治的な孤立をまねく。

・使用済み核燃料の永久保存場所・格納方法も明確でないわが国で、核燃料再処理工場の備蓄容量さえ余裕がない。脱原発を決めたドイツでも論議されている。

豊かな地球環境と人類社会の安全のために、福島原発事故を天啓ととらえてはどうか。
豊かないのちを育む地球の海と大気を致命的に放射能汚染する可能性のあるものの
  廃絶を、国際社会が決意する絶好のチャンスは今だ。

・ドイツ・イタリア国民の「脱原発」の選択は、西洋近代人の合理的精神の光の部分であり、これをヒステリーと評する日本人は、前近代の輩ではなかろうか。

・脱原発をめざす過程では、化石燃料(石油・LPG)に頼る必要もあるが、いずれ枯渇する資源である。再生可能自然エネルギー開の開発に人類の叡智を結集すべし。

・国土や資源をめぐる戦争・紛争に明け暮れた人類史の汚点を拭い、安寧の幸福を求める
 価値観を国際社会が共有することに努めたいものだ。

 

○少子高齢化の先進国として、モデル社会の構築に専心とりくむのが、明日の日本だ。

・育児手当・保育施設の充実で子供を育てる意欲と環境をを満たし、定年延長で高齢者の 経験と知恵を生かし、社会の経済活力を維持する。

・高度なものづくり技術を国内で維持向上させ生産拠点の海外移転を補完し、新しいライフスタイルの発想に基づく商品開発で世界をリードする。

・海外では、健康志向の和食、すぐれた伝統工芸、マンガ・アニメ、若い女性ファッション、日本人的おもてなし文化などが注目されはじめている。

・高度経済成長期の画一的な大量生産・消費から、多様な価値観と暮らし方を尊重する社会へのグローバルな転換の先導的役割を担う日本に。

 

 いま運転中の原発五基は、定期点検で間もなく止まり、運転再開の是非が論議されている原発もあって、この夏は、原発による電力供給がないとの見方も出ている。

 昨年夏の国民こぞっての節電努力をさらに進め、家庭・公共の電力消費量を飛躍的に下げることが、喫緊の課題である。

 敗戦直後の星空の美しさ、ローソクの灯が揺れる暮らしの穏やかさへの回帰を言うつもりはないが、真昼かとまごう照明のあふれる都会生活に、日本古来の自然と融和したライフ・スタイルを取り戻すのは、「ガマン」の生活ではない。

 団塊の世代以前の高齢者にはアメリカ文化にどっぷり浸る前の暮らしの感覚が残っている。

 飽満な暮らしで生活習慣病に罹り、数多の薬を処方され、膨大な健康保険費用を使い、薬漬けの老後を鬱々と過ごすよりも、自助努力で心身を鍛え、趣味と人付き合いの豊かな人生の実りの秋を享受してはどうか。

「3.11」の被災者の苦難に想いを寄せながら、高齢の私たちが、敗戦後の苦難のなかの質実剛健な暮らしを再演する試みもよいではないか! 

 

    *日本ジャーナリスト会議「広告支部ニュース」vol.1172012.3月号掲載)




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