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  1. 2012/04/08 日本の格差問題 


日本の格差問題 

                            松 本 文 郎

 

 経済格差の問題は、日本だけでなく欧米先進諸国や経済発展の著しい中国・インドなどでも顕著にみられる社会問題である。

そもそも、「格差」とはなにか。

 人類の歴史を見ると、経済だけではなく、階層(支配・被支配)、性別(男・女)、年齢(老・若)、職業(卑賤)、教育、生活環境(都市・過疎地)、世代ほか、さまざまな次元で格差は存在した。

「格差」は古今東西の太古からあったが、問題になったきっかけは、「自由・平等・博愛」を掲げたフランス革命ではなかろうか。民衆が政治権力者のくびきから自らを解放した近代の概念で、古くからの「差別」が進化(?)したものといえるのではないか。

「アラブの春」のチュニジア・エジプトの若者が「変革」を叫んだ声に触発されたアメリカの若者たちが、唖然とするほどの経済格差告発のデモで、ワシントンほかの諸都市をねり歩いた。

 アラブの若者らには失業などの経済格差も問題だが、長い間、独裁政権に抑圧されてきた「自由」「民主主義」を獲得することが先決のようだ。

現代の「格差是正」は、各次元で、人類共通の課題になっていると思われる。

小泉首相の構造改革は、サッチャー・レーガンなどの新自由主義の流れを汲むもの(中曽根康弘首相の行政改革・国鉄分割民営化が先行)だった。

 強硬な政治方針と信念で、「鉄の女」と呼ばれた英国保守党のマーガレット・サッチャー元首相は、(在任1979~1990)国有企業の民営化、規制緩和、金融システム改革、所得税・法人税の利率大幅引き下げ、消費税アップ(8→15%)を断行して財政赤字を克服したイギリス経済立て直しの救世主と評価される反面、失業者を増やし、地方経済を不振に追いやり、医療制度を機能不全に陥らせ、金持ち優遇政策をとるなどで非難され、誉褒貶の激しい評価は二分されている。

 また、1988年の教育法改定にみられるように、人種・宗教に関する差別的な考えの持ち主ともみられていて、人種差別や植民地主義を批判する記述のある教科書を「自虐的」として、地方毎に自由だったカリキュラムを全国共通のものにし、非イリスト教徒にキリスト教の授業を必修とした。

 強固な格差社会のイギリスの小さな食品店の娘が首相にまで上り詰め、時代の要請に即応した男も顔負けの統治力を発揮し、11年余の在任で、英国政治史に名を遺した強烈な女性である。

 メリル・ストリープがアカデミー主演女優賞を獲得した『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙(邦題)』の脚本は、おおむねよく書けていると感じた。

「小泉構造改革」は新自由主義経済派が主張する「小さな政府論」に基づき、郵政省など公共サービス民営化をめざす『官から民へ』と、国と地方の三位一体改革の『中央から地方へ』を柱としたが、対象の制約を設けない「聖域なき改革」とも呼ばれた。

「構造改革」という概念は、第2次世界大戦後のイタリア共産党書記長バルミロ・トリアッティが元祖のようで、議会制民主主義の枠内で、政治・経済体制の基本構造を根本的に見直し・変更して社会問題を解決する大規模な「社会改革」の意味をもつとされる。

 55年体制が崩壊して日本の政治が混迷をきたし、バブル経済の崩壊とともに日本経済が先行きの見えない不振に陥ったとき、明治維新の魁とされる坂本龍馬のイメージを旗印に掲げた小泉流の政治手法が、国民の支持(誤解・見当違いも)を得たのだった。

 小泉がめざした日本の「社会改革」の下敷きに、サッチャーやレーガンの先例があったのだろうが、時代と国民性の違い、ネガティブな結果への考察も不十分なまま、劇場(激情)型の首相を演じて、一時的にしろ、大衆のこころを捉えたのである。

「自由」と「民主主義」を外国に押し売りしてきたアメリカでは、1%の超富裕層が99%の富を占有しているとされるが、フランス革命の理念を引き継いで進化させたはずの米国社会が、独立後2百年経っても、「差別」に由来する「格差」を克服できていない証ではなかろうか。

 ほどなく白人の人口を越えるアメリカ黒人と人種の坩堝に見られる、「差別」に基づく「格差」の実態に、大規模な「社会改革」が求められているのである。

 グローバル化した経済イステムと怪物と化した金融資本主義によって、先進・途上・未開発諸国の区別なく、経済格差は最大の社会問題となった。

 小泉元首相の構造改革は、アメリカの意を汲む国益を無視した政策と非難されても仕方ない面があったが、彼が目ざしたのは、混迷の政治と不振な経済を変える大規模な「社会改革」だったと見てよいのではないか。

「日本の格差問題」を考えるには、「格差」の底に、さまざまな次元で克服すべき「差別」があることを確認する必要がある。

 原発事故の放射線被爆の恐怖を孫子の代まで抱え込む福島は、過疎地の経済格差を解消するために原発設置に同意し、他の原発立地も同じだろう。

 男女同権・女性上位と言われても、「オトコ社会」はいまだに健在で、雇用・昇進の差別、セクハラ・家庭内暴力の被害を受けているのは女性たちだ。

 少子高齢化をめぐる諸問題も、女性が結婚して子供を産みたい欲求をみたす大胆な政策の実践で、フランスにみられる出生率向上も夢ではない。

老人の寝たきり・薬漬け医療(健康・介護保険費用増大)から、健康年齢を伸ばす生き方を支援する政策への転換で、高齢者の生き甲斐は高まる。

私たちは、東日本大震災と原発事故に直面したいまこそ、トリアッティが提唱した「構造改革」の原点に立ち、政治・経済体制の基本構造を抜本的に見直す「大規模な社会改革」に踏み出すべきではないか。

 小泉構造改革を「経済格差」の悪の根源と非難するより、民主党が受け継いだ「官から民へ」と「中央から地方へ」の具体的な政策の中身を見直すことが、私たち国民がなすべき課題ではなかろうか。

 封建時代の「差別」と「格差」は、あの敗戦日まで続き、多くの日本人(老若男女)を苦しめてきたが、灰燼から立ち上がった全国民の努力で、かなりの是正はなされたものの、老人を山に捨て、嬰児を殺し、子女を売ることで生き延びた貧しい農山村地帯が、高度経済成長の時代にも、都会への出稼ぎと過疎化の波に洗われたことを忘れてはならない。

 彩り豊かな四季の変化に恵まれてきた日本人は、地震・津波・台風・豪雨などの自然力を畏敬しながら、自然のすべての営みの恩恵を享受して生きてきた。

 前掲の拙論『3・11は続いている』でも述べたが、東日本大震災と原発事故からの復旧・復興を考えることは、日本の中期的未来を想像(創造)しながら、大規模な『社会変革』を可能にする政治・経済システムの構築に向ことと感じている。


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