浦安ふれあい公園、2014年の春



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2014/04/15 19:24 2014/04/15 19:24

「文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ―10)        
                                           
 
2011年4月8日(金)

 

 五時半起床。ルーチンのストレッチを済ませ、朝の散歩コースへ。テラスハウス住宅地内の中央公園の“クジラの背”(幅20m・長さ50m)の桜はまだ二、三分咲きだが、十日に予定している住民有志の恒例のお花見には、七、八分の見ごろとなるだろう。

 親しみをこめて名づけた“クジラの背”の周囲をケヤキと桜が入り交じってとり囲む。その外側にも高い木立が並び、桜は、ケヤキと背を競うように枝を天に伸ばしている。大きな楕円形の“背”の北側を覆う色鮮やかなコケの絨毯が、踏む足ウラに心地よい。

 林を抜けて見明川沿いの市道に出る。伝平橋の欄干に数人の釣人が竿を上げ下げしている。この東京湾と江戸川を結ぶバイパスを稚鮎が遡上するのは、両岸の桜並木が葉桜になる頃の筈だが、今年は大地震に驚いて早まったのだろうか。

 両岸の自動車道と遊歩道に沿う桜並木も、まだ二、三分だ。橋を渡った舞浜三丁目の戸建住宅地の液状化現象の被害は大きく、上下水道・ガスの復旧工事は長引くと聞く。

傾斜した家屋も少なくないようだから、住まいから眺める桜の満開を心待ちする気分ではなかろうと想いながら歩く。

伝平橋の川上の歩道橋を渡ってわが住宅地側に戻り、「ふれあいの森公園」の広い芝生を歩くと、一角に立つ大きな桜が見ごろの美しい姿で立っている。ビオトープを回り、いつも座るベンチから舞浜三丁目の家並みを一望していて、ふと、「被災地浦安の春」と題した絵を、十五日の「日比谷彩友会」の春の研究集会に出そうと思いつく。

二、三日通って描けば、両岸の桜並木も満開となろう。画面に入れる家並みには傾いた家屋も混じるが、一日も早い修復を祈りながら描かしてもらおう。月末には、桜並木も葉桜となり、稚鮎の大群が遡上する浦安は春爛漫。 

 その日の予定の備忘で見るカレンダーに、今日は「花まつり」とあった。お釈迦さんの生誕を祝う仏教行事で、「灌仏会」「降誕会」「仏生会」などと呼ばれる。草花で飾った花御堂の中の甘茶の灌仏桶に在す釈迦像に、柄杓で甘茶をかける。「花まつり」の名称は、生誕の日とされる四月八日に関東以西の桜が満開になること、甘茶は、釈迦誕生の折に九頭の竜が天から清浄な水を産湯として注いだ伝説に由来するという。新妻のお千代と、六畳一間・共同炊事場・共同便所の社宅に近い新井薬師に詣でて、一緒に甘茶をかけた日も遠くなった。

 桜の花といえば、本居宣長の“敷島の大和心を人問わば、朝日に匂ふ山桜かな”の歌

がある。宣長は商家生れだが、儒学を学び、医業を開業した。加茂真淵の門人となって『古事記伝』の神代巻を完成。紀州藩主に国学を講じ、真淵の古道学を継承して、国学を大成させた。

 宣長の国学は、万世一系の天皇が治める神国日本の若者たちが、“特攻機”で出陣したときの精神的支柱とする向きもあるが、果たしてそうであろうか。天皇を奉じた国粋的な国学者らの主張はともかく、死地に向かう若い兵士らは、奥山に立つ一本の山桜が

朝日に輝き匂うさまを脳裏に、気高い心で逝ったのではないか。天皇のためというより、愛する家族のために国を守る潔さで出陣したにちがいない。

宣長は、万葉集の歌にみる”万物に触れて感動する魂”を大和心とし、山桜は日本人の心を象徴するものとした。若者たちは、その想いを胸に抱いて散った、と考える。



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2011/04/16 10:32 2011/04/16 10:32


「文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ―8)                  

                                                         
2011年4月2日(土)

 

 東日本大震災の痛ましい報道がつづく中で、上野動物園のパンダ公開が報じられた。

このジャイアントパンダのペアは、中国四川省から三十時間かけて移動し二月二十一日深夜に上野に着き、三月下旬に公開される予定だったが、東日本大地震が起こって延期されていたのだ。

四川省大地震を体験していたオス・リーリー(力力)とメス・シンシン(真真)も、ビックリしたことだろう。中国名は比力(ビーリー)と仙女(シィエンニュ)だった

五歳の二頭は、東京都内が震度5強で揺れたとき、リーリーの方は落ち着かない様子でパンダ舎を歩き回ったが、現在はそろって元気だという。

 三年前の四川省大地震のころに死んだリンリン以来の“上野のパンダ”を見ようと、開園前から二千数百人の行列ができたので予定より早く開場。来園者たちは、ペアの

愛らしさに歓声をあげながら、写真を撮った。

 被災者の入園は十日まで無料。都内の長女宅に避難している福島市の老女は、「余震がひどくて眠れずに東京に避難したが、パンダを見て、ふさいでいた気持が和みました」。

 リンリンの後継を求めてきたパンダファンの熱意に、石原都知事は、「毎年95万ドル(約八千万円)もの保護協力金を中国に払ってまでしなくちゃならんことなのかネー」と嘯いていた。オリンピック東京再誘致の外国行脚の大名旅行を揶揄された氏の言である。

 十日の東京都知事選挙で、大地震発生の“国難”に身命を賭して4選出馬を決意した結果はどう出るか。T新聞社開設「松本文郎のブログ」の編集担当森下女史がオーナー

のカウンタースナックで、常連のⅠさんと都知事選候補者の品定めをしたが、石原知事だけは願い下げだよと言うと、会社経営者で知事とは昵懇の彼は、「石原の人間性は好きではないが、彼のほかに都知事が務まる候補者がいますか?」と切り返えされた。そう言われて返答に窮したが、なんとも情けない政治実力者不在ではないか。東京都の選挙民も困惑していることだろう。

 ともあれ、小宮輝之園長は、「被災した方々が、パンダを見て少しでも癒されるのなら」とインタビューで語った。

 中国が主張する日本軍による虐殺事件の内容を頑なに否定し、中国嫌いを公言してきた石原知事が4選されたとき、再編目前の政界にどんな影響力を持とうとしているのか、福島第一原発の事故対応と同様、予断を許さない。

 被災者を癒すといえば、避難所の学校体育館で、中学生のブラバンやNHK全国音楽コンクールに被災で出れなかったコーラス部員らの演奏を聴いた人たちが涙し、元気が出たと話すシーンをテレビで見た。

 折から、恒例の上野公園の夜桜見物の自粛や、東北地方のお祭り開催への賛否両論が喧しい。被災者自身が花見やお祭りに参加して元気を取り戻すのは大いに結構だが、日本中が一つになって大震災の苦境に立ち向うには、被災地以外での自粛や不謹慎にならない配意が大切だ。

 国内外のミュージシャン・アーティストによる遠隔の地の義捐金集めのイベントが、被災者への癒しになるのはうれしい。自分たちのファンだけでなく、人間社会の連帯の尊さに目を啓いた彼らの新しい活動展開を期待したい。




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2011/04/11 15:38 2011/04/11 15:38

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2010/03/26 17:08 2010/03/26 17:08