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  1. 2011/06/17 「文ちゃんの浦安残日録」 (I-22)

「文ちゃんの浦安残日録」 (Ⅰ―22)  
                               2011年6月x日(x)

「松本文郎のブログ」編集・制作担当のM女史から、『図録・評伝安重根』(日本評論社)の出版記念講演会と出版記念会へのご招待を受け、韓国文化院へ出掛けた。文化院とは20年来の「韓国音楽友の会・歌謡コンクール」のご縁だが、四ッ谷移転後の文化院へは、韓国女性声楽家金貞玲さんの離日に際して開催された送別コンサート(東京リーダーターフェル・ジルバーナの仲間が出演)以来の再訪だった。

 金貞玲さんとのご縁は、彼女が率いた女声合唱団とわが浦安男声合唱団が、国際合唱フェスティバル(東京文化会館)・サッカー・ワールドカップ共同運営・祝賀コンサート(横浜)で共演したことなどだった。

 安重根とのご縁といえば、1996年の世宗文化会館「浦安男声合唱団ソウル演奏会」の翌日に訪ねたソウル特別市の「安重根義士記念館」が始まりである。
日本では、「明治維新の元勲」を殺害したテロリストとみなすのが一般的な安重根が、韓国では、韓国支配の象徴的存在だった伊藤博文をハルピン駅頭で射殺した大韓義軍の参謀中将として英雄視されていることを知った。

 記念館に掲げられていた遺墨の雄渾な字に魅かれてコピーを求めたら、女性ガイドが、遺墨のコピーを買った日本人を初めて見たと言い、年配の団員からは冷ややかな視線を浴びたことが思い起こされる。

 講演会に先立つ挨拶で、『図録・評伝 安重根』を監修した統一日報社社長姜昌萬氏は、獄中で『東洋平和論』を書いた安重根が、韓日中がそれぞれ持てるものを生かして、東洋平和ひては世界平和を築こうと夢みた先見性を指摘し、現在の東北アジアの状況を安重根が見たら、「おまえたちはなにをしているのだ!」と叱られるだろうと述べられた。

 安重根の辞世の言葉に、「私は、大韓独立と東洋平和のために死ぬのだから悔いはないが、国権回復の日を見られないのが無念だ。われらの大韓が独立してこそ、東洋に平和が訪れ、日本も、将来の危機から免れることを深く考えてもらいたい」とあるそうだ。
 だが、「韓国併合推進派・大陸侵略派」とされる山県有朋、桂 太郎、寺内正毅、後藤新平らとは異なる考えの持主の伊藤博文を殺した安重根は、殺す相手を間違えたと非難するのが日本人一般であろう。
 ところが、「東洋平和論」の序に、欧州列強の中で最も邪悪な武力行使をしていた残虐なロシアをやっつけた日本を、“「天」の意思に遵い、「地」の配慮(韓・清両国)を得たもので「人」の正しさに応理しているとまで書いている。さらに、「日本とロシアが開戦するときの天皇の宣戦布告文にある、”東洋平和を維持し、大韓独立を強固にする“との大儀があったから、韓国と清国は一致団結して協力した」とも述べている。

 思えば、日露戦争に勝利した日本が、安重根が構想した東洋平和のために、欧米列強を駆逐するよりむしろ、列強と同じようにアジアの同胞を侵略する側に立ったことに、深い絶望を抱いたのであろう。伊藤博文個人の考えの問題ではなく、アジアを侵略するアジアの国日本の象徴とみたにちがいない。

 ソ連のアフガン侵攻に米国と共に戦ったオサマ・ビン・ラディンが、サウジアラビアへの米軍駐留に反発して9.11テロを起こしたとされるのに通底するものを感じる。安重根は、大陸侵攻と無謀な太平洋戦争で滅亡の危機に直面した日本を予見した。 (続く)



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