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  1. 2012/07/26 「在日本韓国YMCA」の場所  

 

 「在日本韓国YMCA」の場所               2012年7月25日(水



  6月3日付けの前回、“「残日録」の執筆遅滞は体調ではなく、諸事繁忙のせい”だと書いたが、はや、2ケ月近くが経ってしまった。「がんキラーT細胞」らが元気なお陰で、78歳老人は相変わらず諸事繁忙なのである。

洪恵貞さんのチャリティコンサートに誘ってくださった「松本文郎のブログ」編集者・森下女史から、在日本韓国YMCAが建っている所は朝鮮3.1独立運動にとって重要な意味をもつ場所と教えられたので、同館の資料館リーフレットを抄記しておく。

3.1独立運動はロシア革命から2年の1919年3月1日、京城・平壌など朝鮮各地

で起きて6ケ月続いたとある。その前年、4年間におよんだ第1次世界大戦が終わり、アメリカ大統領ウイルソンが講和原則の一つに提唱した「民族自決主義」に、独立国家を持たない民族が励まされて、在日朝鮮人留学生たちは、国内外の指導者との情報交換や国際情勢の分析から、民族の独立運動に最適の時期と判断する。

  3.1前の2月8日の朝、東京の独立運動の中心メンバーらが、在日本東京朝鮮YMCA(今の在日本韓国YMCA)に集合して、独立宣言文、決議文、民族大会招集請願書を、日本の貴族院、衆議院の議員、政府要人、各国中日大使、内外言論機関宛に郵送した。  午後、講堂に結集した留学生数百名は「朝鮮留学生学友会総会」を開き、「朝鮮青年独立団」を結成する緊急動議を発し、代表11名の署名入り独立宣言文が満場一致で採択されたが、乱入した警察官たちによる指導メンバーの一斉検挙で、代表9名(署名後に日本を脱出していた2名を除く)は全員逮捕された。その後、留学生の多くは朝鮮の故郷に戻り、独立運動の展開に積極的な役割を果たして、中国の5.4運動にも影響を与えることになる。

 この件で厳しい内乱罪を適用しようとした検事の論告に、朝鮮独立を理解する日本の知識人と卓越した弁護士の努力で、出版法違反の微罪を勝ち取ったという。厳しい不幸な時代にあって、YMCAの金貞植・白南薫両総務が、吉野作造・内村鑑三ら正義と平和を求める日本人との間にすばらしい交流があったと記されている。(抄記了)中国の5.4運動には、日本へ亡命していた孫文や留学生だった周恩来が関っているが、民族独立運動を理解する多くの日本人の知己と支援を得ていたことは、うれしい史実。

 韓国ではいま、朴元大統領の長女朴槿恵さんの大統領選挙の出馬宣言が話題になっているようだ。朴元大統領は日韓基本条約を締結して得た資金でインフラを整備し、日本を模範とした経済政策による国家主導型の産業育成と経済開発で実績を上げ、今日の繁栄の基盤をつくった人物で、「日本の黒幕」児玉誉士夫も関与したとされる。 朴政権は、軍事独裁・権威主義的体制で反政府弾圧を徹底的に行ったが、光復節祝賀の銃撃で夫人を亡くし、釜山・馬山の大規模な民主化デモの折に、側近のKCIA部長に射殺された。ミャンマー民主化運動の星アウンサンスーチーさんは、独立運動指導者「ビルマ建国の父」アウンサン将軍が暗殺されてから長く続いた軍事独裁政権を変える、非暴力民主化活動でノーベル賞を受賞した。軍事政権と外交関係と経済援助を続けてきた日本は、彼女の軟禁解除に一定の仲介をしたようだが、彼女が大統領になる日が待ち遠しい。「脱北者を支援する会」のチャリティーコンサート会場の歴史抄記からいささかの脱線。 


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